第11話 デートが終わる前に

 『Nature House フェアリー』でデザートまでしっかり食べた俺たちは、そのあと色々なところを回っていった。


 ゲームセンターでは瑠璃がどんなゲームでも強く、俺は全戦全敗。

 そしてそのあとの色んなスポーツで遊べるができるスポットワンに行ったので、汚名返上しようとしたら――。


「やった、私の勝ちだね」

「ちょ、え? ……マジで?」


 ホームラン競争で負け、ストライクアウトで負け、バスケで負け、アーチェリーで負けた。それも、圧倒的な実力差を見せつけられながら……。


 しかしちょっと待って欲しい。いちおう言っておく俺はそこそこ運動神経がいいし、結構器用な方だ。


 家のことがあったから部活動こそ参加はしていないが、それでも運動部に交じっていてもそれなりにやれるし、体育の成績だって三年間、いや小学生のときから考えて九年間、一度も最高成績から落としたことがない。


 だというのに……。


「瑠璃、強すぎない?」

「えへへ」


 嬉しそうに笑う姿は可愛いけど……可愛いけど!


「私、実は運動すごく得意なんだ」

「俺ら両方とも読書が好きなインドア派だよね? 実は運動得意なんだってセリフを言いたくてここまで黙ってたのに、まさか瑠璃に持っていかれるなんて」


 これが吸血鬼としての身体能力なのだろうか? そう思っていると、瑠璃は違うよと首を横に振る。


「別に吸血鬼だから運動神経がいいわけじゃないよ? だってお姉ちゃん、そういうの凄く苦手だし。昔の純粋な吸血鬼は凄かったらしいけど、今みたいに人の世に隠れ住むような吸血鬼たちはみんな、どっちかというとインドア派みたい」

「そうなんだ」

「うん」


 彼女も自分が吸血鬼だから凄いんだなんて思われたら嫌だろう。ほんの少しでもそう思ってしまった自分が情けない。


「よし、決めた。俺鍛える」

「なんで⁉」

「それで瑠璃に実力で勝てるようになるんだ。じゃないと、男としての面目が立たないし」

「ハル君って、普段は冷静というか落ち着いた感じだけど、たまに思い切りいいよね」

「それが自分の長所だと思ってる」


 やると決めたらやる。妥協は一切しない。


 思えば父さんが亡くなった後、俺は家のことも学校のこともすべてやると決めた。


 そのおかげで家事能力はかなり上がったと思うし、勉強だって運動だって人並み以上には出来る自負がある。


 別にそれを自慢しようとは思わないが、しかしこれまでの自分の足跡を振り返ると、胸を張れる悪くない生き方だとは思った。


「よし、まず今日の目標は瑠璃から一勝をもぎ取ることだ!」

「……ふふふ、それなら負けないよ」


 それから俺らは色んなスポーツを試し、そして――。




「時間が経つの早いね」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……そう、だね」


 息一つ切らさずジュースをちゅーと飲んでいる瑠璃に対して、俺は休憩スペースのソファの上でぐったりとしていた。


 時計を見るとすでに時刻は四時を回ってる。そろそろ帰らないと、夕飯の準備がまた遅くなりそうだ。


「……俺は、敗北者だ」

「えと、結構危なかったよ?」

「慰めはいいよ。控えめに言っても完敗だったのは俺が一番良く分かってるから」

「あ、あはは……」


 二人で並びながらストローでチューチューとドリンクを飲む。スポットワンの中にあるカフェで買ったものだ。


 俺はアイスコーヒーを、瑠璃はトマトジュースを飲んでいる。ここ最近はエコがどうとかいって、ストローも紙製のものが使われていたが、まだこれには慣れないものだ。


「この紙製ストローって、途中で溶けちゃいそうだよね」

「うん、私もそう思う」

「これだと、あんまりカフェに長い出来なさそうだ……」

「そしたらカフェ側は回転率が上がっていいのかもしれないけど、ゆっくりしたいお客さんはちょっと可哀そうだね」


 俺らはそこまで長居をする気はないが、しかしカフェで作業をしたい大人にとっては結構大変な問題な気がする。


「瑠璃はいい子だねぇ」

「えと……ありがとう?」


 こんな意味もない些細な会話でさえ、瑠璃は丁寧に答えてくれる。


 彼女は基本的に物静かな雰囲気だし、実際にそうなのだが相手の言葉をよく聞いていた。

 そのおかげか、丁寧に話に乗っかってくれるので、会話に困らないのだ。


「瑠璃はどのスポーツが一番得意?」

「うーん……基本なんでも好きだけど、バスケは結構自信あるかも」

「ああ、たしかにあれが一番凄かった」


 十本勝負のシュート対決ではあっさりパーフェクトを叩きだし、単純なワンオンワンではあっさりドライブで抜き去られるという、これまでバスケ部相手でも経験したことのないことさらっとされたのだ。


 しかもである。彼女がジャンプしてシュートを打つたびに、薄いワンピースの上からはっきりわかる二つの山が揺れる。


 これまで中学の体育で他の女子では見られない動きに、俺は思わず釘付けになってしまった。


「あのねハル君……女の子って、結構視線には敏感なんだよ」

「っ――」

「別にハル君ならいいんだけど……やっぱりちょっと恥ずかしいかな」

「ご、ごめん!」


 俺は思わず謝りながら、いったいなにがいいんだろうと頭の中で思ってしまう。


 思春期の男の子になんてことを言うのか……将来魔性の女の子になってしまいそうで怖い。


 どちらにしても、同年代から抜きんでた抜群なスタイルを持つ瑠璃にこれ以上ここで運動をさせれば、俺もどうにかなってしまうかも。


「そ、それじゃあこれ飲んだら、そろそろ帰ろうか」

「うん……」


 二人して少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、来たときと同じように電車に向かう。


 丁度来たときと同じ道を歩きながら、夕日を眺めて思うのだ。


 ああ、これで俺の初デートが終わるのか。


 なんとなく、これまで感じたことのない不思議な感覚だった。多分、十五年生きてきてまだ一度も経験したことのないものだ。


 ふと、隣に歩く瑠璃を見て、このままでいいのだろうかと思ってしまった。

 別にこのデート自体に問題があったとは思わない。


 朝、駅で待ち合わせをして街に出た。その後は本屋に行き、お互いの趣味を知り、お昼を食べながら好きなものを共通した。


 運動が得意なんて思いもよらない一面も見れたし、彼女のことを知るには良いデートになったのではないかと思う。


 だが、それと同時にもっと彼女のことを知るために、踏み込まなければならないことがあったんじゃないかとも思った。


「あのさ、まだ時間あるかな?」

「え……?」


 滝沢中央駅に着き、あとはお互いの家まで歩くだけとなるとき、俺は不意に自分でも思っていないようなことを口走っていた。


「えっと……もう少しだけ、一緒にいたいんだけど……」


 俺がそう言うと、夕日に照らされた瑠璃は少し驚いた顔でこちらを見ていた。


 美人はどんな顔をしていても美人だな、なんてしょうもないことを考えていると、しばらくして彼女もコクリと頷いてくれる。


「わ、私も……本当はもう少しだけ一緒にいたいと思ってたから」

「……それじゃ、もうちょっとだけ」


 そうして歩く先は、初めて瑠璃と出会った公園。

 俺たちが出会ってからまだ二日間。だがそれでも色々と決めたこともあるし、覚悟したこともたくさんある。


 それに、もう少ししたら春休みも終わる。そうなったら瑠璃と自由に会える時間も制限されてしまうことだろう。


 だから、きっと少しでも早い方がいいのだ。この覚悟の炎が消える前に、きちんとしておきたい。


 俺が……吸血鬼である瑠璃を受け入れるためには――。

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