第25話 夜のメッセージ

 夕飯を食べたあと、自分の部屋でくつろいでいるとスマホがピコンと鳴るので画面を見る――。


『今日はいきなりおじさんに連れて行かれちゃったから、びっくりしたよー』


 そんなメッセージと共に可愛らしく驚く吸血鬼スタンプを瑠璃が送ってくるので、俺はつい目を細めて笑ってしまった。

 彼女らしいなと思いながら『俺もびっくりしたよ』とメッセージを返すと、すぐに次のメッセージが飛んでくる。


『なんのお話したの?』

『おじさんから聞いてない?』

『うん、男同士の内緒話だって』


 さて、これはどういう状況だろうかと思う。

 別に内緒にしなければならないような話はしていないと思うのだが、ここでなにかを言ってヨハンさんに不信感を持たれるのも少し怖い。


『それじゃあ教えられないね』


 そう返すと、シュンと少し悲しそうな表情のスタンプ。舞さんが作ったであろうこのスタンプ、ちょっと芸が細かすぎないかな。

 

 なんだか罪悪感が凄いんだけど……。


『嘘だよ。ただ瑠璃をよろしくねって言われたから、一生傍にいますって返しただけ』


 とはいえ、吸血鬼は怖い存在だとか、実は記憶を操られているのではないのか、そんな話までする必要はないだろう。

 ヨハンさんに言った通り、俺は瑠璃が笑い続けられるよう、傍にいるだけなんだから。


『わわわ……』


「ん?」


 どうしたんだろうと思ってスマホを見ると、瑠璃スタンプがワタワタしてる。どうやら俺のメッセージに照れてるらしい。


 ……よくよく考えると、ちょっと恥ずかしいなこれ。


 とはいえ相手が見た後だと取り消しも出来ないし、別に嘘を吐いているわけでもないのでいいかと思う。


 それからしばらく、瑠璃から返事が来ないまま時間が過ぎる。


「……この微妙な時間が、メッセージアプリの怖いところだよなぁ」


 瑠璃に限って大丈夫だと思うが、ちょっとしたことで既読しても返事をしなくなる既読スルー。

 好きな子などにやられたら、立ち直れなくなると中学時代の友達も言っていた。


「多分、今は枕に顔を埋めながら足をバタバタさせてるんだろうなぁ」


 そう思っていると、ピコンとメッセージ。

 ワクワクしてスマホを見ると、瑠璃ではなく舞さんからメッセージ。


『瑠璃が今ベッドの枕に顔を埋めながら足をバタバタしてて可愛い件』


「ほんとにそうしてるんだ……いや、それはいいとしてどこで見てるんだこの人?」


 瑠璃にプライベートはないのだろうか? そう思っていると再びピコンと音が鳴る。


「……ん?」


 今度はいったい……と思うと、まったく知らない人からのアイコンだった。

 なんというか、暗い夜と古城の写真は、どこか吸血鬼を思い出させる。


『バタバタしてる瑠璃が可愛すぎるので動画を取ってみた。許可は舞から貰ってる』


 そうして送られてきた動画には、紺色のパジャマを着た瑠璃がベッドでバタバタしてる様子が写されている。

 知らないアイコンだが、これを送ってきたのは間違いなく――。


「いや、ヨハンさんアンタなにしてんの?」


 彼が何歳かわからないが、成人しているのは間違いない。そんな男性が年頃の女の子の部屋を隠し撮りするのは普通に犯罪である。

 姉の許可があればいいという問題ではないというか、許可出すな姉。


『陽翔くんが見たいと思って許可出しちゃった♪』

『吸血鬼は自分が愛した者以外には絶対に欲情しないので、瑠璃にそういう感情はない。ただ私にあるのは、保護欲だけだ』


 そう言う問題じゃないのと、こっちの心を読む様なメッセージを送らないで欲しい。正直見張られてるんじゃないかと思って、辺りをキョロキョロしてしまうじゃないか。


 あと、舞さんお手製だろうヨハンさんスタンプが、キリっとした表情をしているのもちょっとイラっとする。


「……」


 ただ、瑠璃のパジャマ姿は正直ずっと見ていたい。あとバタバタする姿が凄く可愛い。


『婚約者なら見てもいい光景なのよー』

『他の男ならともかく、ハルトくんならばいいだろう。存分に見るがいい! この可愛い瑠璃をな!』


 俺に対する悪魔の囁きならぬ、吸血鬼の囁き。

 きっとライトノベルの主人公なら、こんなものには負けずに立ち向かうことだろう。


 だけど俺は……。


「ごめん瑠璃。正直めっちゃ見続けたい」


 相手に聞こえないことが分かっているのにとりあえず謝り、俺は動画をガッツリ見る。


『ちなみにこれはライブ動画なので、リアルタイムだ』

『臨場感たっぷりー』


 外野うるさい。集中して見てたいんだ俺は。


『あ……』

『しまった……』

「ん?」


 バタバタしてる瑠璃が、動画の方を見てそして不思議そうにしている。

 そしてベッドから降りて、動画の方にゆっくりと近づいてきて――扉を開けると驚いた顔をした。


『スマン、バレた』

『ごめんねー。ちゃんとあとで録画したの送るから、許してねー』


「待って、許してってまさか俺を巻き込むつもりかこの人たち」


 顔を真っ赤にした瑠璃が怒っている。怒られてなおまだ動画を止めないあたりこの二人もいい性格をしているなと思うが、今はそれどころじゃない。


「あ、没収された」


 どうやら音声まではこっちに流れないようになっているため、瑠璃がなにを言っているのかはわからない。

 だがライブ動画を送っている相手が俺だということはわかったらしく、恥ずかしそうに自分のパジャマ姿を見下ろして、手で隠されてしまう。


 そうして電源を落とされたせいで、ライブ動画が終了してしまう。


「……これ、明日どうなるかなぁ……」


 それからしばらく待ってみるが、瑠璃からなにもメッセージは来ない。

 仕方ないので本棚にあるラノベを一つ取ってベッドに寝ころび、たまにスマホをチラ見しながら時間を潰す。


 そうこうしている内にどんどん眠くなってきたところでピロンと音が鳴る。


「……ん?」


 はっきり言って半分以上意識を持っていかれている状態でスマホを見ると――。


『もっと見たかった?』


「……」


 そんなことをが書かれているような気がして、しかし瑠璃が言うとは思えず夢かなと思い、既読にする前に意識が落ちてしまった。




 そして翌朝――。


「やっぱり夢だったのかな?」


 メッセージアプリを見ると、『送信は取り消されました』という文字があるので、昨夜のうちになにかを送ってきたのは間違いないが、さすがにあれは自分の妄想だと思う。


「まあとりあえず、昨日のこと瑠璃に謝らないと」


 そう思って、俺は学校に行く準備をするのであった。

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