第26話 そういうところ
高校生活が始まってから一週間も経てば、それなりにクラスの空気も馴染んでくるもので、だいたいのグループというものが出来上がり始めていた。
俺はというと、基本的には瑠璃と一緒にいることが多いので、その繋がりで猛、玲愛の四人グループで固まることが多い。
そのせいというわけではないと思うが、実はまだクラスメイトたちの名前を一致しない。まあ、中学のときも結構時間がかかったし、元々の知り合い自体がほとんどいないので仕方ない部分もあるだろう。
「それで、貴方たちは部活もう決めたの?」
放課後、なんとなく瑠璃の机の周りに集まった俺たちに対して、そんな話題を切り出してきたのは玲愛だ。
「俺は生徒会に入るつもりだから、部活はやらないな」
「へぇ……別に並行してやってもいいじゃない?」
「いや、そうなると会長との時間が減るから困る」
どういうこと? と俺の方に目をやる玲愛。
「この滝沢北高校の生徒会長って、俺たちの中学のときも生徒会長だったんだよね」
「ええ、それで?」
「猛は中学の時から会長が大好きだから」
「……なるほど。雨水くんもか」
俺の簡潔な説明に玲愛は納得する。しかしその目はここにも恋愛脳が、と少し戦々恐々としているような雰囲気も感じた。
「おい黒崎。一つ言っておくが、俺はこいつらのように所かまわずいちゃつくような、そんな恋愛観はもってないからな」
「ふーん……まああんまり信じられなさそうな言葉だけど……まあこの二人よりはましか」
二人揃って俺らをじっと見てくるが、失礼な話だと思う。
「猛、玲愛。別に俺らもイチャイチャなんてしてないよ」
「うん」
俺の言葉に瑠璃が可愛らしく頷く。
ちゃんと教室では適度な距離を取っているし、変なことはしてないつもりだ。
「陽翔、周りを見て見ろ」
「え?」
だというのに、言われるがままに周りを見渡すと、周囲の目は信じられないというのが半分。ふざけんなという嫉妬混じりの視線が半分。
「俺が断言してやる。お前らはいちゃいちゃしてる」
「……そんな」
俺と瑠璃はお互いを見合って、これまでの行動を思い返す。とはいえ、思い当たる節はどこにもなかった。
「ねえ玲愛ちゃん。私たち普通にしてるだけだよ?」
「……はぁ、あのね瑠璃。普通は教室でも登下校でも、あんなに人目を憚らずべったりはしないものなの」
「え……?」
「いやいや、べったりとかしてないし」
俺の否定は全然信じて貰えていない。
おかしい、理不尽だ。
「雨水くん、説明してあげて」
「俺か……まあ陽翔の友人としては、ここらで一度歯止めをかけてやらねばそのうち教室でキスとかまでしかねないからな、仕方あるまい」
「そんなことするわけないじゃないか」
「うん。いくらなんでもそれは恥ずかしいからしないよ?」
さすがに非常識なことを猛も言うなと呆れてしまう。だが猛のこちらを見る目は、まるで疑いの目を隠さなかった。
ちなみに、玲愛や周囲で見ている他のクラスメイトたちも同じ目をしていた。
「一緒に登下校」
「うん?」
そんな単語だけを言われてもわからないが、別に変なことではないだろう。
瑠璃とは最寄り駅も一緒なので、登下校くらい別にすると思うのがだ……。
「手を繋いで、そこで二人きりの世界を作る」
「……?」
ちょっとなに言ってるかわからない。
「休み時間、放課後、お前たちの距離感」
俺は隣に座っている瑠璃を見る。彼女も同じだ。別におかしなところはない。
「貴方たち、肩が触れ合うくらい近いうえ、たまに机の下で手を握り合ってるでしょ……」
「なんでっ――⁉」
「バレバレなのよ! たまにちょんちょんし合ったり、二人で見つめ合ったり、見ててこっちが恥ずかしいわ!」
まさかバレているとは思わず瑠璃を見ると、彼女は彼女で顔を真っ赤にして驚いていた。
こういう顔も可愛いなと思っていると、猛が軽く肩を叩いてくる。
「我慢しきれずに黒崎が先に言ってしまったが、そういうところだぞ二人とも」
「……うん」
「別に俺自身はお前たちのやることに思うことはない。友人が幸せになっているなら祝福したいくらいだ。だがな、教室には他のクラスメイトたちもいるんだから、少しは自重しろ」
うんうん、とクラスメイトたちが頷いているのを見て、俺は全員にそう思われていたのだと改めて知って、自重することを心に決めた。
そうして学校からの帰り道、普段は二人で帰っている俺たちは今日、珍しく猛たちも一緒に帰ることにした。
どうやら登下校中もかなりイチャイチャしているらしいのだが、人の目があれば防げることだ。
とはいえ、この数日はいつも手を繋いでいたので、こうして手が空くとどうも落ち着かない。歩きながらも手をグーパーしながら、ソワソワしてしまう。
「うぅ……」
どうやらそれは瑠璃も同じようで、彼女の指も落ち着きがなかった。握るべきか、だけど握ったらまたイチャイチャしてると言われてしまうし……。
そんな俺たちを見かねたのか、玲愛が呆れたようにため息を吐く。
「はぁ……別に、手を繋いでもいいわよ」
「いや、でもさっきの話もわかるし……」
「このままだとクラスでも孤立しかねないってやつでしょ? まあさっきは脅すように言ったけどね、実際にそんなことするやつがいたら私が叩きのめしてあげるわよ」
さっと髪をかき上げながらそう言う姿は相変わらず格好よく、これは下手をしたら共学にも関わらず女子から告白されるレベルじゃ……などと思ってしまう。
「それに雨水くんもいるんだから、貴方が男子で孤立することはないでしょ? もちろん、女子に対しては私がいるから瑠璃が孤立することもないわ」
「まあな。俺は会長以外に興味ないから、お前がどうしようと変わらず接するつもりだ」
「猛……」
「玲愛ちゃん……」
なんていい友人たちなんだ。そんな気持ちの籠った俺たちの視線を受けて、玲愛は少し気恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「だからまあ、やり過ぎない程度にならお互い甘えたらいいんじゃない?」
「黒崎……お前は子どもを厳しく躾けきれないタイプだな」
「雨水くんなにか言ったかしら?」
にっこり笑いながら威嚇をする玲愛に、猛は黙って視線を逸らすだけだった。
「なんか、こういうのもいいね」
「うん……楽しい」
四人で会話をしながら歩く、普段とは違う帰り道。
そんな新鮮さに俺たちは微笑みあい、手を握り合う。
「……そういうところだぞ陽翔」
「瑠璃も、そういうところだからね」
こういうところか。次から気を付けよう。
そう思いながら、夕日に染まる帰り道を歩くのであった。
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