第34話 会いたいという気持ち
あの日から、瑠璃にメッセージを送っても既読にすらならない。
「夜明は大丈夫なのか?」
「わからない。玲愛がメッセージを送っても同じで既読にならないらしいし……」
放課後の教室。
会長以外の女子には一切の興味を持っていない猛が、珍しく心配そうにしている。
他のクラスメイトたちも、なんとなく瑠璃がいないことにそわそわしている様子だ。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「玲愛……」
「昔から、こういうときって結構あったしね」
瑠璃とは小学校のときからの付き合いである玲愛が言うには、定期的に瑠璃が学校に来なくなるときがあったらしい。
そのせいか玲愛はあまり気にした様子が見受けられないが、しかし俺としてはその姿に少し違和感を覚えてしまう。
「なにかしら?」
「いや……なんでもない」
正直、玲愛はもっと騒ぐと思ってた。
普段の言動から、瑠璃を守ろうという意思がひしひしと感じられ、とても大切に思っている様子だったから。
「こういうときは、そっとしてあげるのが一番よ」
「……うん」
そう返事をするも、もう三日。瑠璃と出会ってから今まで、こんなに連絡を取らなかったことは一度もなかった。
それに、連絡がないのは瑠璃だけではない。舞さんにメッセージを送ってみても、一切返事がないのだ。
いちおう既読にはなるので、見ているはずだが返事をしないというのは意図的だろう。
「……陽翔。そんなに心配なら会いに行けばいい」
「猛……」
「ちょっと雨水くん? 別に放っておけばいいわ。そしたらいつも通り、ひょっこり戻ってくるんだから」
「放っておけば? 黒崎は理由を知っているのか?」
「……知らないわよ」
いつも自信満々に振舞う彼女とは全然違う歯切れの悪い態度に、俺はやはり違和感を覚えてしまう。
「玲愛?」
「……知らないってば! とりあえず、私は帰るから」
そう言って玲愛は俺たちをおいて一人で帰ってしまった。その後ろ姿は慌てた様子で、普段の彼女とは大きく様相が異なっていた。
「……まあ黒崎のことはおいておけ。それよりどういう事情かはわからんが、見舞いに行くくらいはいいだろう」
「そうだね。とりあえず一度、顔を出してみるよ」
もしかしたら俺は、瑠璃に会いに行くことを躊躇っていたのかもしれない。
明らかに先日の彼女の様子はおかしかった。そして舞さんまで連絡を返してこない。なにかが起きているのは間違いないのだ。
そんな状況の中、彼女に拒否される可能性が怖かった。
だけど――。
「会わないと、なにも始まらないもんね」
「ああ。その通りだ」
猛に背中を押してもらい、俺は瑠璃に会う覚悟が持てた。たとえ彼女になにか事情があったとしても、俺が瑠璃から離れることはないのだから。
そして、瑠璃の住む屋敷に向かう道中、坂の上で一人の男性が待ち構えていた。
「やあ陽翔くん。久しぶりだね」
「ヨハンさん……」
ここ最近、わざと俺から離れていたのではないかと思うくらい出会うことのなかった瑠璃のおじさんが、薄く笑いながら俺を見下ろしている。
夕日をバックに立つその姿はどこか物語の敵のようで、つい警戒心を覚えてしまうのは仕方がないことだろう。
「これ以上進むのはオススメしないよ?」
「……なんでですか?」
「なんでも……かな」
それで退くわけないだろうに、彼はあえて俺を挑発するような言い方をする。
そんな彼に構う暇などないと思い足を前に踏み出そうとして、俺の身体が動かないことに気が付いた。
「……これは?」
「おや、意外と冷静だね? 普通の人なら身体が動かないことに動揺するものだけど」
「吸血鬼と一緒に生きようって思ってるんですから、これくらいのファンタジーでいちいち驚いてられませんよ」
それに、これまで舞さんに散々色んなことをされてきた。これくらいのことが出来るなど知っているし、今更だろう。
「中々肝が据わってるなぁ……ああいや、瑠璃の力もあるか……」
「瑠璃の?」
「おっと口が滑った。まあとりあえず、今日はもう帰りなよ。それが君のためだ」
どうやらヨハンさんは俺を害する気はないらしい。とはいえ、はいそうですかと帰るくらいなら最初からここにはやってきていない。
「……いやです」
「別に瑠璃と一生会えないわけじゃない。今日を過ぎれば、明日からはいつも通りの瑠璃だ」
つまり、おかしいのは今日だけということ。
「だとしたら、余計に今会わないと……」
「ふむ……なぜ?」
「だって、俺は瑠璃の様子がおかしいことを知りながら、その理由には目を背けるってことでしょ? そんなの、一生を添い遂げようとする男のすることじゃないと思います」
俺の言葉にヨハンさんは一瞬驚いたように目を見開く。
「おかしいな? 今の君は、瑠璃にとって会いたくない人だと思ったんだけど……」
「今の俺?」
「いや、こっちの話だ……さて、そういうことなら通っても良いかな?」
ヨハンさんがそう言った瞬間、俺の足が前に一歩進んだ。どうやらなにかしていたのを、解いてくれたらしい。
「……いいんですね?」
「ああ、いいとも」
胡散臭い笑みでにっこり笑うのは、どういう意味があるのだろうか。
それを答える気がないのは明らかなので、俺はこれ以上追及しない。
気付けば、夕日は沈み始めていて、空にはうっすらと満月が浮かび上がっていた。
それを見上げながら、俺は何故か初めて瑠璃と出会った一ヵ月前を思い出してしまう。
「そういえば、あの日も満月だったっけ?」
創作上の吸血鬼は、月の満ち欠けで持っている力が変わることがよくある。
創作と現実は違うと思うが、しかしなんとなくそんなことを思ってしまった。
「きっと瑠璃は、君のことを待っているよ」
「……はい」
すれ違いざま、ヨハンさんにそう言われた俺は、振り返ることなくまっすぐ坂を上って瑠璃のいるであろう屋敷の中に向かって行った。
俺の中にある気持ちは一つ。
瑠璃に会いたい、そんな気持ちだけだった。
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