第17話 イギリスの武

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。

―謎の忍者…ローグ・エージェントが放った刺客



一九七五年、八月:ニューヨーク州、ブルックリン、ウィリアムズバーグ


 殺すために戦っているわけではない。このような狂気を止めるために戦っているのだ。

 ここが開発からやや立ち遅れた地であろうと、治安が悪かろうと、それなりの平和がある。それを勝手に壊されてなるものか。ここはアメリカであり、彼の故郷であった。

 故郷が荒らされるのは、気に入らなかった。まずアメリカのために戦おう。そこで暮らす人々のために戦おう。

 そこで暮らす人々の平穏のために戦おう。難しい事は後回しにして、ケインはまずそれをはっきりさせておいた。

「私はメタソルジャー、本名ケイン・ウォルコット、元アメリカ陸軍所属の軍の実験体、そしてネイバーフッズの代理リーダー。私はここにいるぞ、やるなら来てみろ! 私はここだ!」

 大雨の中でケインは声を張り上げて相手に自らをアピールした。暴走して緑色の肥大化した筋肉に覆われた謎の忍者は目の前のアメリカ人が全く倒せない事に驚いていた。それどころか、次々と強くなっている気さえした。

 暴走させられた精神のやや冷静な部分で、相手はなんの拡張性も無いただの超人兵士であるはずだと事前情報を思い返していた。殴れ殺せ破壊しろと頭の中で響き続ける衝動が、明らかに疑問を持ち始めた。

 破壊者は己の力で破壊できない何かと直面していた。不屈の意志がある意味では可視化されており、不気味にすら思った。

 相手は更に強化された衝撃波を横合いから殴って簡単に逸らさせた。もう少し上手く力が作用すればあれは壊されてしまう。

 何故だ、と考えた。ただのアメリカの安価な超人兵士計画の産物が、コントロール性を重視して性能よりも生産性を重視したような退役した兵士が、何故に歴史の裏で培われた秘密の忍術を極めた己よりも上回るというのか?

 怪物はその疑問から生じる本能的な恐怖を打ち消すために更に何発も衝撃波を放った。豪腕を振るって放たれるそれは特殊な術によるものだが、しかしケインに届く事は無かった。

 ケインはそれを容赦無く、ほとんどルール無用で破壊する事を意識した。相手の髪を掴むように、目を抉るように、転倒させて踏み抜くように。

 ケインの拳や足は怪物の放った衝撃波を壊し、逸らし、同士討ちさせた。

 それはただの薬物で肉体を強化した兵士にできる芸当ではなかった。数百年前の猛者達の芸当であった。

 賞金を賭けて戦ったり、戦場で生き抜くために戦ったりした者達が可能とした、歴史の裏の技であった。

 その完璧な再現ではないが、しかしそれでもここまでの武であったのだ。ケインは自信を持って相手を睨め付けた。さて、お前が敵に回したのはこういう奴だ。諦めが悪くて頑なで、二〇年以上前に死ぬはずだった化石だ。

 粘り強くて、お前にどこまでも跳び掛かって来るぞ。それでもいいなら来い。相手になってやる。

 それがケイン・ウォルコットであった。メタソルジャーであった。故に彼は多様な背景を持つネイバーフッズを代理としてよく統率できていた。

 周りに負けないぐらい個性的で、頑丈な肉体とそれ以上に頑丈な精神で裏打ちされたヒーローなのだ。

 さすがにロシアの地からやって来たケインと因縁のある大男も、少し離れた所からこの様子を見て困惑し、驚愕していた。ここまでやるのか? ここまでやれるのか?

 己にもあの状態のあの忍者を殺せる確信はある。それは自信過剰でもなんでも無く事実だが、しかし殺さずに無力化?

 仮にできたとしても、それは無意味であり、そこまでするのは狂気だ。少なくとも彼にはそう思えた。

 そう考えると、あのケイン・ウォルコットとかいう退役軍人はただの超人兵士ではなく飛び抜けたイカれ野郎に思えた。

 アメリカ人の大半はぶっ飛んでいるかも知れないと考えていたが、目の前の男はその中でも例外的なレベルに思えた。

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