第33話 ニューヨークの危機

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。



一九七五年、八月:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上


 ケインははっとした。ニューヨークが核攻撃…これが冷戦の終点なのか? 現実感が無かった。

「核だと!?」

「そうだ。ミサイルじゃなくて、持ち込まれた爆弾がある。おっと手段は聞くなよ」

 ケインは炎天下のコンテナ船の上で、極度の緊張によって記憶や知識がフラッシュバックするような高速思考に陥った。

 第二次世界大戦の際に開発された核兵器をアメリカが日本に二発も投下し、その後も例えばビキニ岩礁の核実験――さて、冷静に考えればビキニという地名は水着の名称として収奪されてしまって久しいが――やネヴァダ州の核実験――ところで、この地には白人以外には誰が住んでいたのか?――を実行した事を考えると、何かの復讐であるようにも思えたが、しかし相手はソ連であった。

 移民の子供として、イギリス系アメリカ人という『見えざる移民』として、アメリカ的なナショナリズムやパトリオティズムからはやや離れた場所にいた事で『神話や史観を巡る論争』の当事者ではなかったケインは、ある意味で冷静にこの事態を受け止める事ができたのかも知れなかった。ある意味では。

 ケインはこの国の戦争について思い返した。独立戦争以前、USの前身たる植民地の人々はこの地の先住民に戦争を仕掛けていた。平和的共存という神話の、暗い向こう側。

 度重なるセミノールとの戦争、逃亡奴隷への攻撃、メキシコとの戦争、強引な西部開拓、南北戦争とリコンストラクション時代と『長い長いその後』、フィリピンとの戦争。

 なるほど確かに、帝国時代の日本がある種の天命思想――アメリカにおけるマニフェスト・デスティニーのような――を掲げて他国に侵略したわけで、それまでのアメリカの戦争とは違うとも言えるわけであるが、日本やドイツやイタリアにおいて大勢の戦争における死傷者が出たのはまた別の問題ではあろう。

 また、大国同士の、あるいは帝国同士の狭間で引き裂かれた人々がいる事もまた忘れてはならないであろう。USも日本も、それ以外の大戦当時の大国も、その内側や外側で虐げられ、戦後も忘却された人々がいる事は事実であった。

 では、と考えた。己は朝鮮戦争とヴェトナム戦争に出征した。軍人としてとは言え、敵の兵士を殺してきたのは事実だ。その事実をどう受け止めるのが正解か、実際は今でもわかっていないような気がした。

 終わりの無いかのように思えるアメリカの戦争。では、アメリカがこれから核攻撃を受けるとして、それは『仕方の無い犠牲』なのか。

 もしかすると誰かにとってはそうかも知れなかった。だが、己は、この地にいるアメリカ人、そして多数いるそれ以外の来訪者達がこれから消し飛ぶのを見たくないと考えた。

 このアメリカ屈指の世界都市ニューヨークに住んだり訪れたりしている、まだ見ぬインディアンやメキシコ系やフィリピン系や日系やドイツ系やイタリア系や朝鮮系やヴェトナム系や太平洋諸島系の友人達が、この地上から消え去る事を恐れた。

 ならばひとまずは、それでよいのではないか。

「爆弾はどこだ」

 ある種の絶対者のように彼は訪ねた。相手は『ほう』と関心するような素振りを見せた。巨漢は腕を組んで満足そうに唸った。

「お前は面白い奴だからな。俺は、俺ごとここが吹き飛ぶところを見てみたいが…まあ特別に教えてやる、爆弾は向こう、まあブリッジにでかでかと置かれているとも。見ればわかる」

 ソ連の超人兵士はあっさりと答えた。だがそれは今はどうでもよかった。止めなければ。

 メタソルジャーとして、彼は振り返って無防備に走り出した。皮膚の下に金属を埋め込まれているローグ・エージェントは楽しそうな笑みを浮かべながらその様子を眺めて『止めようともせず』立っていた。

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