第22話 アーマゲドン
登場人物
―アーマゲドン…暗躍する謎の魔人。
―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。
一九七五年八月:ニューヨーク州、マンハッタン、放棄された地下鉄区画
「ああ、もちろんだとも。時は来た、という事だね。審判はまだだが、しかし似たような騒ぎを起こす事は不可能ではないよ」
優雅に立つその男はどうにも人間であるようには思えない雰囲気を纏っていた。姿そのものの平凡さと、明らかに釣り合っていない魔人じみた恐ろしさ。
背が高いもののやや肥満気味であり、少なくとも体重は二六〇ポンド以上はあると思われた。『ぽっちゃり』という言葉が相応しいかも知れなかった。
肌の色はかなり濃い褐色で、欧米に住む黒人よりはアフリカ出身、アメリカの黒人と比較するとエキゾチックで特徴的な印象の顔立ちから恐らく西アフリカ辺りの出身にも見えた。
しかし異様に綺麗な肌は肥満気味な体型からの印象に反していた。顔そのものは痩せてさえいれば美形であったかも知れず、そうであればモデルや俳優として通用したであろう。
だが浮かべる笑みが人間のそれではないのだ。アフリカ全土、否、地球上を探してもこのような雰囲気の人間はほぼ発見不能であろう。
往時の破壊的征服者や帝王達でもこうではあるまい。すなわちチャンガミレ・ドンボやシャカ・ズールー、スンニ・アリやイドリス・アローマでも、ここまで人外じみてはいなかったはずだ。
とにかく何もかもがちぐはぐであるかのようにさえ思えた。中年らしい風貌でありながら綺麗な肌の肥満体。そしてそれでいながら、数千年前から存在する石像じみた古さを放っていた。
なんであれ、黒いスーツ姿が様になっている事については特に異論無きものと思われた。細いフレームの眼鏡がやや、彼の放つ異様さを中和していた。
「はっ、まあ何でもいいが。だが人間の手でそういう天変地異みたいな様を引き起こせるなら、そいつは悪くないな」
腕を組んだままでソ連の超人兵士はそう言った。彼は謎めいた黒人紳士の思想に共感しており、そのヴィジョンについては『面白そうだ』と考えていた。
「その時が来ればどうするのかな? シェルターならあるにはあるが」
「もったいない事を言うな。このふざけたニューヨークとかいう街が、焼け野原になる瞬間を眺めながら原子力の炎に飲み込まれる…それ程面白い死に方があるか?」
そのように言う超人兵士は凄まじい笑みを浮かべ、邪悪というよりは純粋な好奇心すら感じられた――言っている内容が狂気的で非人道的で、邪悪そのものでさえ無ければ。
自殺願望とてここまで来ればある種の純粋悪ですらあった。
「なるほど、我が闇の先触れたる君ならそうするか。僕は…まだ生き延びる必要がある。凄惨たる終末の戦いを眺め、灰の雨が降る人の世の黄昏に耽り、その上でそれを触媒に審判者達を…おっと、話が逸れたね?」
「わかった、もういい。それ以上聞くと核戦争後のシナリオまで見たくなるだろうが。そういう誘惑はやめろ」
「それは…失礼した」と肥満気味の黒人紳士は微笑みながら言った。
「いずれであれ、僕と君は同じようなものを求めているわけだ。仄暗き大洋の底へと沈みし
地下鉄の廃棄されたエリアで、そのようにして忌むべき闇どもが聞くに堪えない邪悪な会話をしていたのであった。
時折発生する電車の振動が、この地がニューヨークであるという事を保障する数少ない証拠であった。
「お前は狂っているが俺も似たようなものだ、というのには同意してやる。それにお前にはやり遂げる意思があるしな、アーマゲドン」
アーマゲドンと呼ばれた黒人紳士はそれを聞いて楽しそうに笑った。邪悪な同盟は、この世の終わりを望んでいたらしかった。
言うまでもないが、誰が全面核戦争を望むか。米ソ両国の崩壊と大量虐殺、それをあえて望むのは狂気そのものではないか。あえて議論する必要とてなかった。
そこには何かしらの複雑なイデオロギーが介在する余地は無かった。純粋な願望があったのだ。故に、邪悪であった。
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