第9話 軽機関銃の猛威


登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。



一九七五年、八月:ニューヨーク州、ブルックリン、ウィリアムズバーグ


 少しの間彼らは睨み合った。余裕を持って互いの次の手を観察しようとした。何が起きるかを予想しようとした。相手がどのように己を上回るかを推測した。

 大男は不意に振り返りながらだっ・・と駆け出した。向かう先は屋上のへり。腰ぐらいまでの高さ。相手は飛び降りるのか。

 ケインはこれを候補の一つとして予想していたので、やや遅れながらも追跡した。そう広くはない。数秒の出来事のはずだ。

 相手は映画俳優がフェンスを飛び越えるよりも軽く片手を衝いて飛び越した。

 その巨体がどうなったかを確認しようと駆け寄ったところでケインは巨体が己の頭上を飛び越える様を見た。その手にはRPD軽機関銃が握られていた。

 細かい擦り傷だらけの、ガンメタルから銀色寄りにやや変色しているすらっと伸びた長い銃身、同じ程度には傷んでいる木製パーツ。

 ダンベルのような太い厚みのドラムマガジンの中では、多くの弾丸が今か今かと飛び出すのを待ち構えているのであろう。

「ほう、LMGか!」

 結構古い銃だが、当然まだ動くのであろう。ケインは横方向へと駆けた。すると彼がいた辺りが銃弾の嵐で薙ぎ払われた。

 凄まじい轟音が響き、住人達もどよめいていたのが遠巻きに聴こえた――超人兵士の聴力、嵐の最中でも乾杯したい。

 さすがに凄まじい火力で、破片が飛び散っていた。ケインは己の方へと飛来する煉瓦の破片を軽く殴って方向を相手に向けた。

 巨漢は反応して額でそれを叩き落としたが、束の間射撃は止んだ。さて、この非殺傷弾がほぼ効かなかった怪物をどうしてくれるか。しかも銃を装備している。

 そもそも己の銃は破壊されたし、相手のように隠している武器はここには無い。大雨の中ではよく見ないと視界は邪魔される。少しの見間違いでも被弾に繋がる。

 まるでコミックのスーパーヴィランだ。まあ実際そういう連中は出没しているが、今回の敵はそれのソ連版だ。外国からの刺客。

 体内で様々な物質が生成されるのを感じていた。汗は出ていないし、体温も呼吸も安定している。あとは精神だ。

 重要なのは実戦で焦って立ち止まらない事。予想外の事態を受け止めて冷静に行動できるか否か。やけくそになって雑に戦わない事。

 ケインは高速で判断を下し、建物から飛び降りた。屋上のへりをライフル弾が強力な運動エネルギーで貫通したり粉砕したりした。それらの破片に追い付かれる前に彼は雨粒と共に着地し、前転してからふと振り向いた。

 近くの建物から雨水がばしゃばしゃと流れ落ち、遠巻きに人々の動揺が耳に入った。恐ろしい事が起きているのは紛れも無い事実である。

 相手が持つ軽機関銃から湯気が少し上がっているように見えた。酷使によって熱せられた銃身は雨で冷え続けていた。現代の水冷式だなと内心皮肉った。

 しかし、ここで適当に逃げ回って巻き添え被害が出ると不味い。ネイバーフッズのリーダーは事態を重く受け止めていた。この恐るべき敵をなんとか殺さずに無力化しなければならない。

 今の己は軍人ではなくヒーローだ。一度でも己の都合で相手を殺すと、それが言い訳になる。明文化されてはいないが、合衆国政府も不殺には同意している。

 偶発的な過失致死ですら葛藤は大きそうであるのに、故殺ともなれば…ケインは軍人として疑問も無しに奪って来た命の事を考えた。ヴェトナムでは北ヴェトナム軍や南ヴェトナム解放戦線の兵士達を多く殺傷した。

 その歪みを思うと、命を奪う事がどれ程破壊的で、かつ無益で、心を捻じ曲げ、そして何より残酷であるかと考えざるを得なかった。故に彼はチームでも最も殺害を忌避した。

 だが考えねばなるまい。ここで上手く切り抜けねば巻き添え被害で人々が死ぬ。人々は坩堝のようには混じり合わないとも言われるが、しかしモザイク模様を形成する事はできる。

 様々なルーツの人々が集うこの世界都市で、その構成員を得体の知れない乱射魔に殺されてなるものか。

 敵の顔が見え、そしてその大男はバイポッドを素早く立てて、ヘリガンナーさながらに撃ち降ろした。通常よりも更に安定した連射のコントロールが成り立ち、ケイン目掛けて鋭い狙いが襲い掛かった。

 至近弾及び直撃弾が迫るのでケインは通りを走りつつ射線を全て見切って躱した。相手もさすがに、何かがおかしいと気付いていた。

「やるな、そういう改造でも受けているのか!?」

 相手は面白おかしいような様子で叫んだ。まるで映画だ。だがB級映画はスクリーンの中だけでいい。現実にあるべきではない。

 ケインは通りを見渡して何か重要な、あるいは使える何かが無いか探した。気が動転する事は無いが、それなりには焦った。

 ふと、向かいの歩道に古い時代の警報装置がそのまま街灯のように突っ立っているのを見た。ケインはそちらへと疾走した。相手の射撃も追いかけて来た。

 ケインはスライディングやジャンプを駆使しして全て回避し、遂に到達した。打ち付ける雨を感じつつ彼はそれの操作盤を見た。スローの世界の中で彼は然るべき操作をした。

 錆びたパネルのスイッチを入れて、大雨を斬り裂くような警報が鳴り渡った。すぐにその場を離れた。

 これで恐らく人々は逃げてくれるはずだ。ケインは声を張り上げてここから逃げるよう伝えた。

 さて、そろそろ相手のつまらないゲームを破壊してやるとしよう。狩られるのはこちらではなく向こうであると。

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