第10話 謎の忍者

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。



一九七五年、八月:ニューヨーク州、ブルックリン、ウィリアムズバーグ


「どうだ? 楽しいだろう!」とロシアの地からやって来た大男は叫んだ。大雨の中で両者は道路と高低差とを挟んで向かい合っていた。

「それはお前の解釈に任せる!」とケインは警報が鳴り響く最中で叫び返した。互いに強敵であると感じており、腹の内側に緊張感がじりじりと燃えていた。

「それにしても大した博愛主義だな。俺など殺す価値も無いか!?」

 相手は楽しそうにそう叫んだ。打ち付ける雨は冷たさすらあり、米ソ両国の間に横たわる緊張状態を指し示している何かの暗喩のようにも思えた。この敵は何かしらの手段で冷戦相手国の誇る世界都市に武器を持ち込んで騒動を起こした。

 さて、どうしたものか。とりあえずケインは叫び返した。メタソルジャーというヒーローの立場であり、殺すつもりは無かった――あるいはいかなる立場であれ同様に。

「お前のプライドを傷付けたくはない、これも好きに解釈するんだな!」

 言いながらケインは相手の動向を伺った。また発砲してくる可能性はある。相手はこちらのデータを取っているだけなのか、それとも何か他にもあるのか。

「その余裕は気に入った。問題はそれをいつまで維持できるかって事だがな!」

 相手はそう言うと、不意に軽機関銃の銃身をすっと上に持ち上げた。これは予想外だ。相手は攻撃を中断するのか? そして銃を置くと、そのソ連の超人兵士は雨の中でもよく響く手拍子をした。まるで打楽器のような強烈な音。大勢による一斉パーカッションじみた音が響き渡った。

 ケインは不意に気配を感じて前転で回避した。その身のこなしは素早く、彼が即座に振り返ると先程までいた場所に黒い装束とプロテクターの男が見えた。雨の中で刀が光っていた。形状的には現代の意匠や設計で作られた打刀らしかった。

 それのゴーグルの向こうにある目と、こちらの目が合ったような気がした。

「そいつは厄介だぞ? いつまで殺しを嫌う聖人気取りでいられるか見せてみろ! まあ俺なら殺せるがな!」

「どうでもいい自慢をありがとうな!」

 ケインは大声で叫び返しながら、未だに降り頻る雨の中で近距離にいる現代の忍者じみた何かと対峙した。どう来るか。

 相手はゆっくりと構え直した。それから不意に突きを繰り出した。ケインは突き出された刀を回避しつつ、それの追撃を阻止するために刃の腹を殴って払った。超人兵士の怪力は相手の不意を突き、ケインは距離を詰めて顔面を殴った。

 吹き飛びながら空中で後転する忍者を睨み、ふと振り向くとあの大男は建物の屋上には見えなかった。ふざけたゲームの第二段階という事であろうが、どうでもよかった。さっさとこれを終わらせるべきだ。

「一応言っておくが、やめた方がいい」

 だがその瞬間、影のようにその姿が消えた。黒い霧のようなものが雨の中で掻き消えて行った。ケインは集中した。背後に何も無い感じがした。殺気を殺した空洞のような何か。

 ケインは振り向きつつ肘で後ろを攻撃し、相手のガントレットとかち合った。即座に片手で放たれた斜めの斬撃を振り向きを終わらせながら掻い潜り、連撃を次々躱した。

 奇妙な術だが、別に珍しくはない。また消えたがそれも予測済みだ。不意に燃える何かを察知して躱した。相手の刀は燃えていた。ケインはスライディングで少し距離を空けた。少し後退しながら警戒していると、相手は地面を削るような斬撃を放った。

 届かないはずだが、しかし地面を這うようにして炎が向かって来た。そう来たか。ケインはすっと右に避け、飛び掛かって来た相手を迎え撃った。しかし問題はリーチの差だ。相手は武器があり、こちらには無い。

 これが『いつまで殺しを嫌う聖人気取りでいられるか』という事であろうか。下らないゲームだ。相手の姿がまたも掻き消え、立ち並ぶ建物の看板の上にしゃがんでいるのが見えた。何やら唱えるのが聞こえ、雨粒が局所的におかしな軌道を見せた。

 嫌な気配がしたのでその場を離れると、地面に無数の穴が空いた。なるほど、しかし軌道は見えた。ケインは周囲を見渡し、あらゆる方向からそれが襲い掛かるのを確認した。

 包囲が完成する前に脱して、ケインは猛スピードで相手がいるところまで駆け寄った。壁を走って看板を膝蹴りして叩き壊し、相手の集中を潰した。

 下らない術はそこで終わった。無防備になるから上に逃げてから使ったという事か。しかしとにかく、確かにこの忍者は面倒な相手だ。仕掛けてもリーチの差があるし、見たところ防御も上手いように思えた。速度も向こうが上だ。

「言った通りになったな!」と大男の声が聞こえた。近くにいるようだ。

 そして忍者は刀を振るって衝撃波を飛ばして来た。ケインは側転で回避して、それが背後の建物の壁をざっくりと斬り裂く前に次の衝撃波を躱した。まあ、これも軌道は見切れるが。

 ケインは連打のように放たれるそれらが街の一角を破壊し始める中で平然としていた。

 当たらない場所に身を置いて、己の背後の建物が柱を破壊されて崩れ始めたのを感じつつ、次に飛んで来た衝撃波を複数それぞれ、己の肘や膝で横から殴って軌道をずらし、その軌道を整形した。

 相手の斬撃を相手に返してやるとしよう。敵は帰って来た衝撃波を斬り落としていたが、やがて上に跳んで逃げた。

 その瞬間ケインは上から何かが降って来るのを感じ、ふと見るとモスバーグのショットガンであった。ケインはそれを受け止めた。

「さて、そいつでどうする!?」

 またあの大男だ。これであの忍者を撃ち殺せとでも言うのか。

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