第30話 存在しないはずの攻撃
登場人物
―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。
―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。
一九七五年、八月:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上
不意に反応が遅れた。あるいは、脅威評価能力が不意に鈍ったのかも知れなかった。ある種の正常性バイアスなのかも知れなかった。その代償として、存在しない痛みが走った。
一瞬何が起きたのかケインは混乱し、汗がどっと額や頭に滲んだ。嫌な汗や冷や汗は久々であった。今のは何であったのか。
「どうした? 風邪か?」
眼前の大男は不敵に笑い、嫌な空気が流れていた。正体不明の攻撃、というよりはそうだと認めたくない攻撃。
己はともかく、相手は『そこ』まで到達していたというのか。その時になって初めて、空想上の攻撃を本気で意識した。
ケインは相手を観察した。届くはずがない距離から、攻撃を放っていたのだ。相手は右腕を振るったが、しかし素手の間合いの外にケインは立っていた。
確かに己は、架空のクォータースタッフを構えた。相手も架空のシャーシュカ、ロシア圏的なサーベルを構えた。だがこれは存在しない触覚のはずだ。
存在しない得物同士の、ある種の空想の推手のはずだ。ではそれが、現実性を帯びたのか。まあある意味ではそうとも言えるのであろう。
左の上腕に走る鈍い痛みは、金属の何かで殴られたような強打であった。危うく態勢を崩すかとすら思った。理解できないものへの恐怖が暴れ狂った――そうか、黙っていろ。
まあそういう痛みがあってもいいかも知れなかった。現に己は、ジェームズ・フィグの技にやや劣った形で準拠した、未知の痛みを与える技を使ったのだ。相手もそういう事はできるかも知れない。
彼が知る限り、高度に武術を極めた古い武人達には、シミュレートされた闘争すら可能だったと言われている。実際に戦わずとも、空想上の闘争に参加し、そこで競う。
これは話によれば、現実と幻覚はある種の異次元においては同一であるとか、あるいは逆であるとか、そのような法則性を活用したものであるらしかった。
恣意的引用というのは人類の歴史上でもよく使われたものだ。そして恣意的引用の例として、それらのシミュレートを実際の闘争にも活用する手段があったという。
つまり今、眼前で腕を振るったローグ・エージェントも、何かしらの手段――恐らく、高度な武の到達点、東洋では気などとして理解され、西洋やその他世界ではそれ以外の形で理解された概念、ある種の修練的異能――によって、シミュレートされた刃に現実的なダメージを付与したのだ。
その理屈はわからない。目に見えないシャーシュカを形成しているのかも知れない。
あるいは『高度かつ緻密にシミュレートされた物体による干渉は、理論上は現実にも相応の影響が出る』『例えば肉体は、架空とは言え高度にリアルなシミュレートによる干渉ならば現実の事だと認識する』というような話かも知れなかった。
重要なのはそれの威力であった。あれはまだ完璧ではない。研ぎ澄まされた刃とは言えない。相手もまた発展途上。
しかし現実の脅威ではある。現に己は、左腕の痛みを感じた。見ればそこに痣がある。肉体が誤認しているとかそういう事はどうでもいい、重要なのはあれが痛いという事だ。
ならばこちらも対応しなければ。相手は架空の刃で間合いを伸ばした。コマンド・サンボの達人は武器術を拡張させた。
よかろう、お前が伝統的な刀剣を望むならば、こちらは伝統的な鈍器を望むまで。お前が刃の鋭さを欲するならば、こちらはあえて鈍的さを欲するまで。
相手はにやりと笑った――来る。
まあ、そうやってやや様子見をしたのがお前の甘さだろうがな、とケインは相手について内心笑った。相手があえて待った事は知っていた。いずれであれ、こうなった以上は全力で激突するまでだ。
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