第31話 シミュレート合戦

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。



一九七五年、八月:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上


 伸びる何かを意識した。相手の見えない刃をシミュレートした。それによって、今度はそれをはっきりと視認する事ができた。何かしらの投影像のような長い刃。

 ケインは架空の棒を使った。両手でそれを構え、それを使って相手の攻撃を防いだ。目に見えないようで見える何か同士が激突し、理論的な問題あるいは倫理上の問題――あるいはその両方――によって両者はその反動を感じた。

 相手は笑っており、ケインは冷ややかにそれを見ていた。両者はしばらく静止し、架空の武器を接触させたまま立っていた。

 やがて何かが弾けたかのように相手は連撃を繰り出した。スナップの効いた、左右からの角度を付けた斬撃。軌道は読めそうで読み辛い。

 格闘戦やこのような架空の武器の戦いにおいて、エクステンデッドとしての能力で軌道を見られるようになりつつあると思ったが、しかしそうでもないらしかった。

 相手の技量の高さ故か、シミュレートされたシャーシュカの軌道はケインには見えそうで見えなかった。事前に銃弾の軌道が見えるあの感覚のようにはならなかった。

 だがそれは相手も同じ事。もしかすると己は、真の達人らが可能とする領域をその異能で可能としているのかも知れなかった。

 であれば、相手が先程銃弾を避けたのが自力によるものであれば、それが単なる動体視力の産物以上の何かであれば、相手の方が技量では勝っているのかも知れなかった。ならば限界を超えなければならなかった。

 架空の殺傷力がメタソルジャーのコスチュームを掠めた。腕の部分が破れていた。あるはずのない脅威が、鈍的から鋭さへと変化する途中であった。

 ケインはあえて鈍的なものを意識した。敵の存在しない金属棒と打ち合える、とても硬い木の棒。それが相手の刃の過程物を防ぐのを意識した。

 シミュレートされた棒に刃がぶつかり、傷付くのを感じた。では駄目だ。もっと硬く。そして打ち砕くための鈍さ。痛みを媒介する長い長い棒。

 斬撃を防いだ状態で相手をその存在しない棒で押した。存在しない刀剣越しに相手は後退し、巨躯のその男は軽く腕をくねくねと振り、それに合わせてシミュレートされたシャーシュカが華麗な軌道を描いた。

 あれらもフェイントや威嚇、間合いの調整だ。よく見ろ。それらがどこでどうなるか、どこから脅威に転じるか。ケインは頭上に軽く振り被り、長く伸びたクォータースタッフを振り下ろした。

 半身で構えた相手はそれを逸らすように地面向けて受け流し、それから斬り掛かった。無論そう来るであろうとわかっていた。

 刺突か斬撃か。斬撃。軽く振り被るごく一瞬の予備動作。だがこの間合いならばこちらの脚が届く。ケインは相手の膝を踏み付けるように蹴った。相手の詠春拳の技の、使われていなかったものをシミュレートして行使した。奴ならこう蹴る。

 牽制、間合いを離す、嫌ったらしく関節を蹴る。斬撃を放つ直前に脚を蹴られた事で一瞬勢いが落ちた頭上からの振り下ろしに対して、左手を見えない棒から離して相手の腕を掴む。

 面白い攻防と言えばそうかも知れない。架空であり、そして架空と現実には差が無い、同一の場合もある。あるいは逆である場合もある。

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