第42話 束縛されし者

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。

―ブキャナン…ヴェトナム戦争時のケインの元同僚、アメリカを裏切って東側に亡命した男。



一九七五年、八月、夕方:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上


 手で猛々しく顔面の打たれた部分を二度叩いたブキャナンの様を見てると、どうにも悲しく思えた。効いていないアピールができる程の強敵ではなかった。どうにもやらされている感があった。

 技量を流し込むという奇怪な技なれど、しかしそれはブキャナンを達人の域まで押し上げるでもなかった。

 メタソルジャーは相手の目を見た。虚ろのようでそうでもない、しかし明らかに尋常のそれではない目をしていた。洗脳とはこのようなものであるのか。

 だが、ブキャナンは今この時になって、かつてより生き生きとしているように見えた。ケインはその正体を熟考した。

 不意に相手は❘だっ《・・》と振り被りながら一歩踏み込んだが、ケインがそれに反応して棒の先端を向けるとそこで止まった。どう出るかと思ってケインは突きを放った。

 ブキャナンは横に回転しながらステップを踏んで回避し、予定していたかのように振り向きながらの横薙ぎを放った。しかしそれは予想できる。ブキャナンの動きが徐々に『見えてきた』のだ。

 ケインは棒を縦にしてそれを防ぎ、それに対してブキャナンが次々と打ち込んで来るのでそれらを捌きながら後退した。最終的には鍔迫り合いになったが、ブキャナンはケインの脚を蹴って反動で後退した。

 脚を壊されないように防御はしたが、少し痛みがあった。ケインはブキャナンを睨め付けた――今のはなかなかいい蹴りだったぞ。

 ブキャナンからはヴェトナムでのぶっきらぼうさが消えた気がした。心が満たされているのが透けて見えたのだ。充足に浸った目をして、敵意を向けて来ていた。

 ネイバーフッズの臨時リーダーは己の裏切った同僚にかつて無かった何かを発見し、それが恐らくこのような『果たし合い』『本気の喧嘩』『復讐』であろうと結論付けた。

 舐められた事をよしとしない南部人的気質があったのであろうか。あるいは『男らしさ』とその束縛であろうか。

 だがもしかすると、あのテントで揉めた日以来、ブキャナンは逆恨みではあれども、ずっと満ち足りていなかったのではないか。でなければ、少なくとも愛してはいたであろう、己の妻や故郷の友人達を捨てて、裏切るものか。

 腕っぷしの強いガキ大将気質であったのかも知れないが、その是非はともかくとしても彼には恐らくそのような生き方しかできなかったのだ。生まれた環境か、生来のものか、それは不明ではあるが。

 家族形態の変遷とそれに対する『危機感』が生じつつある世の中で、ブキャナンはある種の『理想化』されたアメリカの『夫』であったのかも知れなかった。

 そして、あのテントの空気の中では、明らかに己もまた『この俺を馬鹿にしやがったな』という場所にいたのだ。そこからなんとなく抜け出せただけで、実質的にはケインとブキャナンの間に差は無いように思われた。

 まあ難しい話はさて置き、もしかするとその『男らしさ』の束縛にあえて踏み込んだまま生きているのがブキャナンであるとすれば、あえてプライドを圧し折る事もまた救いであるかも知れなかった。

 勝つか、負けるか。ヒーローとして喧嘩――にしては殺傷性が相手から生じているが――はどうかとは思うものの、しかしこれもまた救いの一つの形態であろうと考えた。

 望むものを与えてやろう。結果はどうあれ――もちろんそのような話であれば負けてやるつもりはなかった。勝負の結果として、ニューヨークを核で吹き飛ばしたり、米ソ全面核戦争の口実となったりする機会を諦めてもらおう。

 それならば公平であるように思われた。

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