第39話 第二ラウンド

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。

―ブキャナン…ヴェトナム戦争時のケインの元同僚、アメリカを裏切って東側に亡命した男。



一九七五年、八月、夕方:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上


 ケインは無手で構えて目の前の敵を見据えた。ブキャナンは再度脅威となり、どうせまたろくでもない事が起きてその対処を強いられると予測された。

 まあ、裏切って戦友を殺した男が核爆弾を起爆しようとしていて、更にはその男をこれまた仇であるソ連の超人兵士が事実上操っているという『苛立たしい』『憎悪したくなる』状況で、冷静さを保つのはやはり少し疲れた。

 ヒーローでなければ、映画の主人公のように敵を皆殺しにして、必要に応じて高跳びか自首でもよかったかも知れない――だがやはり、ヒーローである以上は憎悪のその先に向かわねばならなかった。

 いつでも再度沸騰しそうな怒りの源をコントロールしなければならない。個人的な復讐を抑えろ。荒い息を吐いて怒りを鎮めるか? いや、それすら抑えろ。

「同じ展開ではつまらんな…」と巨漢の超人兵士がわざとらしく呟いた。ケインとしてはつまらない方がよかった。

「お前の退屈しのぎが最終的に市民の不幸になるなら、そういう事はするな」

 無駄だとわかっていても、そう言わざるを得なかった。斜陽が更にきらきらと輝き、夕焼けに向けて空の色合いも変化していた。

「俺はしたいようにするとも」

 不意にその男は高所から飛び降りた。二人が対峙している甲板上に重量のある巨体が落下して轟音が響き、揺れすらした。着地したその男は体格に見合わぬ軽やかな動きで背後からブキャナンに接近した。

「俺とお前の場合は恐らく対等だろう。それについては既にかなり堪能した。さて…こいつはやはり、お前が証明した通り、俺達のレベルには達しちゃいない。そこが厄介だな。だからこうしよう」

 丸太のように太い巨漢の右手が、成人男性でありながら大柄過ぎる超人兵士が背後にいるが故に中学生ぐらいに見えるブキャナンの肩にずしりと乗せられた――手を置いただけなのに、そのような重量感を思わず感じ取った。

 何か嫌な予感がしたが、これから何が起きるのかがわからずに、ケインは構えたままでぐっと力が入った。筋肉が締め付けられ、胃の辺りがきりきりと痛んでいるような気がした。

 そして次の瞬間、丸太のように太い腕がぐっとブキャナンの全身を抑え込むように動いた。なんと表現すべきか、軍人かつ怪しい改造を受けたであろう強靭な筋肉を纏った成人男性が、あろう事か片手で『沈められた』ように見えた。

 実際には甲板を突き破って床に腕力で埋められたとか、そのような事が起きたわけでもないが、しかしばたりと前に倒れ、両手両足を衝いた形となった。

 既にローグ・エージェントの腕は離れていたが、背後から転倒させられたブキャナンの輪郭がぶれるように不自然な痙攣が始まった。まるで、グロテスク極まる悪霊に取り憑かれた犠牲者であるかのような…。

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