第35話 裏切り者との因縁
登場人物
―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。
―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。
―ブキャナン…ヴェトナム戦争時のケインの元同僚、アメリカを裏切って東側に亡命した男。
一九七五年、八月:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上
大勢を殺されるわけにはいかなかったが、上手く行くとも限らないように思われた。だが、やらなければならない。
船室のドアから少し入った場所にメタソルジャーは立っていた。地図やその他の雑多な物が置かれたテーブル、手か? いや、少し遅い。足か? それがいい。
「ブキャナン、過去には色々あった。お前の裏切りで私は戦友を二人殺された。だがそれでもまだやり直せるはずだ」
喰い付け。釣り糸を垂らす。餌を見せろ。見え見えの嘘の気持ちの吐露は、まあ相手を激昂させたり何かしら反論を誘えるかも知れない。
「やり直せる?」と初めて向こうが喋った。「適当な事を言うな」
太陽に照らされたその顔はケインを睨め付けていた。空間が歪むような、あるいは音が聞こえそうな眼力。そうだ、それでいい。
「いいや、お前の事を許そう。お前は多分ストレスか、それか敵の言葉に乗せられて一時的に判断を誤ったんだ!」
「お前に何がわかる!」
少し身を乗り出すように一歩踏み込んで怒鳴る。それを待っていた。スローモーションの世界でネイバーフッズに属する元アメリカ軍超人兵士は、テーブルの上に乗っていた空き缶を弾き飛ばすようにして蹴り飛ばした。
ブキャナンが飛来する物体に咄嗟に反応して身を逸らした時、ケインは既に間合いへ届きそうなぐらい踏み込んでいた。だがケインの側は、予想外の距離で放たれたキックを殺し切れず、勢いのまま弾き飛ばされて転がった。
転がりながら受け身を取って軽業のように立ち上がり、ケインは高いスタンスで構えた。出方を見るためにじりじりと距離を詰めたところ、ブキャナンはハイキックを繰り出すように見せたフェイントを見せた。
咄嗟に軽く防御態勢を取りながら、ケインは相手と互いに旋回して見合った。突如踏み込む動き。パンチのコンビネーションは空手ベースにも見えるが、全体的には複合武術としてのキックボクシングが背景にあるのかも知れなかった。
勢いよく、しかし重たく繰り出されるそれらを捌き、顔面を狙って打撃を放ったが、しかし読まれていて片手で防がれ、逆側の遠い方の手で逆突きによるカウンターで胸を打たれ、それから飛び上がって後ろ回転で脚を突き出すようにして蹴られた。
少し後退ってケインはぐっと耐え、殺人マシーンのような表情を浮かべた。ブキャナンは更に仕掛けてきたが、ケインは相手の拳を受け止めつつ強引に持ち上げ、勢いのまま斜め後方へと投げ飛ばしてガラスに叩き付けた。
予想通りガラスが割れる程の勢いで吹き飛んだにも関わらず、大してダメージが無いように思われた。割れた窓を飛び越してブリッジの前にある踊り場のような狭いエリアを通り越して、その下に広がるエリアへとケインは飛び降りた。
ブキャナンは思ったよりは強いようであった。ヴェトナム戦争時に同じ部隊で戦っていた時にはこのような強さは無かった。超人兵士と少なくともまあまあ打ち合える肉体の頑強さ、そして技量。
相手がソ連の何かしらのプログラムで改造なり訓練なりを受けている事は当然想定していた。
「よう、連戦で悪いが…そいつもなかなかのものだろ?」
あの大声が聴こえた。
「お前のお友達のブキャナンは想像していたよりはいい感じだったぞ。まあ、俺程じゃないが」
「そうか、お前がわざわざ自慢するのが好きとは知らなかった。正直に言うとお前には大して興味が無かったしな」
ケインは適当に返しながら眼前の相手がすうっと立ち上がるのを見た。昔のブキャナンはもう死んだのであろうか。少なくともある程度は戦友であった――と見做したいが、ブキャナンのせいで己の部隊、それにドッグフードの大勢を殺されたのも事実だ――相手と、かようにして対峙するのはなんとも言えない気分になるものであった。
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