第12話 素手でのやり合い

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。

―謎の忍者…ローグ・エージェントが放った刺客



一九七五年、八月:ニューヨーク州、ブルックリン、ウィリアムズバーグ


 忍者の信じられないような素材で作られた刀を折った事でケインは自信が溢れていた。相手より強いという自覚。これで対等か? 違う、お前は私に負ける。

 相手は未だに怒っていた――大雨の中で湯気が上がり、怒りの色すら見えるような気がした。当然の事だ、相手の力の象徴を折ってやったのだから。やはり刀剣とは古来より様々な力であるとか精神性であるとか、そのようなものを象徴する大事なものなのだ。

「気分はどうだ、アーサー王?」

 お前の宝剣は台無しになったなと思ったところで、己のチームに未だ未帰還ながらアーサー王の身内がいた事を思い出した。彼は今もどこかで何かよくわからない事をしていて、代理のネイバーフッズのリーダーとしてはそこは思うところはあった。

 しかし少し配慮が足りなかったかも知れないと心の中で少し後悔した。見れば忍者は風呂上がりぐらいに湯気を出しながらこちらへと重苦しく歩み寄っていた。左にゆっくりと歩くと、相手の足取りもそれに誘導された――なるほど。

 ケインは相手の間合いを見計らいつつそのままゆっくりと左に動いていた。通りにはばしゃばしゃと雨粒が降り注ぎ、今のところあのソ連の回し者はちょっかいを出していない。それは好都合、このまま殺さないよう無力化しておくか。

 そこでふと、先程はあの大男との殴り合いで目に雨粒を飛ばされて隙を作られた事を思い出した。その経験に違和感を持ち、彼は更に集中してみた。歩み寄る忍者を巻き込んで降り頻る雨の軌道が見え始めた。そうか、こういうものも視認できるのか。

 しかし邪魔だなと精神を集中させると、それらの軌道はまた見えなくなった。もしかすると、これはいい具合に制御できるかも知れない。見たくないものの軌道は見ないようにできるのかも知れなかった。

 まあそれは今はどうでもいい事だ。ケインはゆっくりと腕を上げて構え、未だに左方向へ相手を中心とした緩やかな円を描きながら歩いていた。目を瞑り、己のイギリスにおける先祖の騎士や、それかハイランダーやヴァイキングがそうしたように戦闘の心構えを持った。

 視界が塞がった事で相手の挙動が視覚以外の感覚によって把握できた。相手がこちらへだっと走り寄るために脚を動かすのを感じた。ケインは目を見開いて、低めの姿勢で走り始めた。相手の後の先を取り、怒りで判断が鈍った相手がダッシュを中断して身構えたところへ突撃した。

 ケインは己の体重を武器に相手にタックルを仕掛けて転倒させた。振り下ろすようなパンチを三度叩き込んだが、それから相手に態勢を崩されたのでごろりと転がって立ち上がった。相手が跳ね起きるのを視認し、出方を覗った。

 ケインはステップを踏んでボクサーのように振る舞った。忍者は直立するようにして立っていたが、ケインが一定距離に近付くと胴から上を素早く動かした。フェイント、相手も出方を見ている。どうやら雨が凄過ぎて相手の怒りも冷え始めたようだ。

 空手のそれに似た拳による打撃が来たので、ケインはそれを右に左にと躱した。相手に肘で反撃し、それが相手の拳とかち合った。すかさず脚を壊そうとする下段の蹴りが来たので、ケインは脚の硬い部分を相手と打ち合わせて相殺した。

 鈍い痛みを感じながら相手が首を狙う手刀を次々と放つのを見て、それを腕で捌いて逸らした。相手の腕を掴み、それから軽く捻るようにして相手を投げ飛ばした。しかし相手もそれを読んでいたので、受け身を取って転がった。

 ケインはそこに近付きながら立ち上がる寸前の忍者に踏みつけるような蹴りを放った。だがこれはどうやら罠であったらしく、奇妙な術によって相手の姿が煙のように霧散した。背後の上方向に気配がしたので迎撃しようとしたが、しかし降って来た相手に背後から首を締められた。

 腕が強固に喰い込み、途端に息苦しくなった。頭の血管が痛み始めたが、しかしケインも歴戦ではあった。このような時のために超人兵士であるのだからそれを利用した。ケインは相手の脚が絡むのは阻止し、そのまま前に斜め縦回転して全身を振るった。

 相手を遠心力で振り回し、地面に相手の脚が当たった音が聴こえた。着地した瞬間にやや態勢が崩れた背後の相手に肘で胴を攻撃し、呻いたところで同じ箇所を攻撃した。まだ相手は粘る。なので緩んだところへ背後目掛けて顔面を攻撃した。

 この態勢でも彼の拳は破壊力があり、既に顔面のプロテクターを破壊された忍者の右目に直撃し、腕が更に緩んだので腕を引き剥がし、相手の右腕を己の肩に打ち付けて叩き折ろうとした。

 相手もまた超人的な肉体であるらしく、折る事には失敗したがそれでもダメージは通った。故にケインは相手を背負ってそのまま地面目掛けて投げ飛ばした。雨で手が滑り、相手はざあっと滑るようにして叩き付けられた。

 忍者は痛みに苦しみながらも俯せになりつつ腕で上体を少し起こし、ケインは相手の間合いのやや外から構えた。彼は右脚を前にして斜めに立ち、それから両脚をやや前に出すようにしつつ腰を低く折り、左腕は胴及び顔の近くに構え、右腕を突き出した。

 ファブリスの構え。パドヴァの剣豪サルヴァトーア・ファブリスの、悪く言えばへっぴり腰にも見える、しかし正面からの被弾面積が狭く突き出された腕以外はとても遠くに見える構え方を無手で模倣した。

 忍者は大雨の中で猫足に構えた。互いにへっぴり腰のような、しかし研ぎ澄まされた構えでじりじりと接近した。互いの腕が磁石のように引き合い、空想上で触れた――その瞬間静から動へと状況は一気に変わった。

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