49 遅ればせながらの親孝行
「玲奈、大丈夫?」
現場に遅れて木下さんが到着する。
「よし、今のうちに証拠を撮影しておくわ」
セキュリティーチームが木下さんに向けて敬礼をし、現場の保存と撮影を始める。あと、左衛門から送り届けられたドローンのリモコンを木下さんに見せる。
「これ、リンチ顧問からです」
「あぁ…」
木下さんは指紋がつかないように白い手袋をはめて、リモコンを箱から取り出し気絶しているリュートに握らせた。このリモコンはさっきまで左衛門たちが未来技術でハッキングしていたドローンのコントローラである。
「玲奈さん、この人たちは?」
向井君が不思議そうに尋ねた。
「弁護士の木下さんやで、私のお姉さん分の人」
木下さんは背中であいさつして振り向かなかった。その間に、警察官も到着し部屋が一気ににぎやかになった。気絶したままのリュートがアランから警察に引き渡された。
「これがドローンのコントローラのようです」
警察官は押収したドローンとこのコントローラがリンクすることを確認していた。
「ご協力感謝いたします」
これで、一件落着だろうか?
「母さん、母さん!」
左衛門が焦るように連絡を入れてくる。
「まだ何かあるんか?」
「母さん。いいですか、これから起こることを落ち着いて聞いてください。衝撃を受けるかもしれませんが、いったん呼吸を落ち着かせて冷静になって聞いてください。そして冷静になれたら現実を受け入れてくださいね」
私は、スーハーと息を落ち着かせる。
「なんや?」
「ハッピーエンド・インジケーターを見てください。すごいことになってますよ!」
そういえば、数時間前は史上最低を記録していたインジケーター。アプリ画面にアクセスしそっと計測結果を確認する。
≪これが、ホワイトホールの力!≫
相変わらず信じられない勢いで下がっていると思っていたが…
≪グラフがこんなにバグってる人初めて見た!≫
推移を見てみると、なんとすごい勢いで増加している。グラフが瞬間的に急降下していたものが今度は垂直上昇だった。
龍志とリュートたちはこのあと、誘拐だけじゃなく、銃器を搭載したスパイ組織のドローンを街中で発砲するという連日ワイドショーを賑わせて、国会も対応に追われるような歴史に残るテロみたいな重罪で逮捕されることになる。
私たちも警察署で簡単な事情聴取。証拠の取り残しがないように木下さんが頑張って警察と交渉である。
あとは木下さんに任せて私と向井君で警察署を後にする。
「あの、玲奈さん」
「はい!」
「今日はこんなことになってしまって申し訳ありません」
「ええんやで、向井君が無事やったなら!」
「お優しいですね。遅くなりましたが、プレゼントです!」
(あ、向井君へのプレゼント持ってくるの忘れた!)
「母さん、大丈夫ですよ」
「え?」
キーンという甲高いドローンのモーター音がする。空を見上げるとプレゼントを抱えて飛んでくる。以前、生放送が失敗したときに無駄になったドローンである。
「そんなこともあろうかと、持ってきました」
「さすが、未来人役に立つやん!」
「へ? 未来人ってなんですか」
「なんでもあらへん! プレゼント交換しようや!」
「はい」
雪の降った日の長い夜。私は幸せの一ページを刻んだのだ。
その後、紐シリーズのみんなの人生も私のホワイトホールに引っ張られて少し変わったらしい。
プレカリはまた田舎に戻ってリンゴ農家を継ぐ決意をする。父の築き上げたブランドリンゴを受け継ぎ、彼はプロレタリアートになった。かわいらしい奥さんをもらって、今日もリンゴの世話に汗を流すのだった。
「実さん、またすごい汗ですよ」
「いつも、ありがとう」
旅人も地元に戻り、命からがら人助けをした政治家としてテレビで取り上げられるとすぐのちに行われた町議会選挙にトップ当選を果たす。しっかり者の秘書に尻を叩かれながら政務に励むのである。
「だらしないのは事務所でだけにしてください」
「じゃぁ、続きは事務所で!」
ジョージはケンジと共に
「みんな、これから3か月間よろしくね!」
メイコは実家が道場である。メイコ自身、あまり実家には関わりたくなかったそうだ。しかし、両親は娘が警察から感謝状をもらったと言うことで大喜び、メイコ自身も子供のころの夢だった警察官になろうと決意する。
「やっぱり人に褒められて生きるってのは気分いいよね」
野良人ミケは、相変わらず情報屋を続けていた。ちょっとは金払いの良いクライアントに出会ったのか、野良ではなく屋根の下で生きる人となった。
堂野優子は、誘拐された謎の美女として顔は出さないまでもうわさが立つ。都市伝説やうわさが大好きなメディアが騒ぎ、優子ちゃんは芸能界デビューを果たす。ミスコン優勝のクール現役JDとして、ネットやテレビに出演するようになった。そういう話題の表舞台に立った彼女のおかげで、かくいう私も平穏になった。
ぱちぱち。拍手喝さいの中、また左衛門チャネルが始まる。いつもの古臭く懐かしい佇まいの平屋にて私が出演するのは最後となる放送だった。
「母さん。私はこれまで、延べ235人の貴方に出会い、そして、初めてあなたを幸せにできました。ようやく、私の微力ながらの恩返しができたと思っております。心から尊敬する母に、ありがとうと述べさせてください」
「母さん。貴方の幸福を阻む暗黒星雲はようやく晴れ、ブラックホールの向う側に辿りつきました。遅ればせながら親孝行を成し遂げたと思っております」
一斉に送られる、視聴者からのおめでとうのメッセージ。
「おっと、気になる投稿を見つけましたよ。海外の科学者さんからのコメントですね」
今回の動画興味深く拝見しておりました、これまでの動画において仮説とされていたホワイトホール効果の初の観測事例として学会発表したく考えております。この発見が認められたなら、ぜひともお二人の名前をとってリーナ・サイモン効果と名付けたいと思います。いかがでしょうか?
「わぁ、すごい。私の名前が科学史に残るんですか! 私、リーナじゃないけど…」
「えーと、玲奈・左衛門効果ではだめですか? 海外受け悪いですかね?」
≪ははは、冗談です。玲奈・左衛門効果で発表しますよ。よろしければ、ハッピーエンド・インジケーターの詳細ログを頂けると助かります≫
「左衛門さん、たった今連絡が…」
彰さんにひそひそと耳打ちされる左衛門。
「なんと、本当ですか?!」
それを聞いてすたすたとスタジオの裏手に消えて行く左衛門。
「えっ、なんや?」
どたどた。駆け出してくる足音。左衛門が裏から顔を出すと、笑顔で「勝訴!」と紙を広げた。
≪おぉぉぉぉぉぉ!!!!≫
≪なんか昭和っぽい!≫
ずいぶん前に私の未来での借金を左衛門が不当に相続させられたとして裁判していた件について勝訴したらしい。
「地裁で勝訴! これで、借金チャラです!」
≪なんや、ええことしか起こらんな!≫
≪今までの不幸が嘘みたいwww≫
「はい、楽しいお時間でしたが、そろそろお別れの時間です」
「母さん。今日が最後の放送かもしれません。ご挨拶をお願いします」
私は立ち上がり、深々と頭を下げた。最初、タイムリープしてほしいと左衛門にお願いした時が懐かしい。
「せやな。みんな、いままでありがとう!」
皆さんのおかげで、私は幸せになれたんや!
≪パチパチパチ≫
≪めでたしめでたし≫
お祝いのメッセージが画面を埋め尽くする。私もうっかり涙が流れる。だけど、やっぱり気になってしまうコメントがあった。
≪ありがとう、1を超える2を待ってるよ!≫
≪いやー続きはいつなんだろうな!≫
だから、ついついツッコミを入れてしまう。関西人の宿命かもしれない。
「この話続かんで! ハッピーエンドやで!」
≪最後まで締まんねーなwww≫
≪でもそれがこのチャネルのいいところ!≫
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