29 コーダ・カムバック
「ふんふん、ふふーん♪」
《見ろ、見たことない笑顔だ!》
「あしたも図書館デートやねん!」
今日も左衛門スタジオでライブ配信である。その、左衛門にはほんと申し訳ないんやけど、私幸せになっちゃいました! ほんまにありがとう! と感謝の気持ちを最初からばらまく私。台本でもそうしろってなっているし、私もそうしたいから、言われたとおり私はのろけ話に専念するのだ!
「はい、幸せについて語っていただきました。では、ここからは母さんの未回収のフラグについて語りたいと思います」
「ん?」
《待ってました! 玲奈ちゃん死亡フラグ集》
これまで明かされることのかかった私の未来についての情報がここではじめて明かされるらしい。幸せだから平気だよね? っていうノリである。
左衛門「要するに2期への伏線ってやつですね!」
玲奈「いや、もうトラブルは間に合ってるで」
左衛門「いや、借金はやっぱり返していただかないといけませんから。動画的な盛り上げはさせていただきますよ」
ぐぬぬぬ…。上げて落とす…やはり、ただでは祝ってくれない未来人たちである。
彰「では、玲奈ちゃんのターニング・ポイントをこちらのフリップにまとめております」
久しぶりに登場する昭和チックなアイテム。彰さんがさっそくフリップの一枚目をめくっていく。
彰「大学ミスコン」
《あぁ、あったあった》
《優子ちゃんの敵確定イベントですね~》
確かに大学にはミスコンのイベントあるけれども、私は出場するつもりなどなかった。
左衛門「前回は大学の実行員会から土下座されて断れなかった母さん。なんと、同じミスコンに出場した堂野優子と接戦となり
玲奈「えっ! それすごいやん! むしろ幸せイベントやん!」
しかし、その結果、未来の私はただでさえ謎の集団に家を占拠されていたのに、ミスコン優勝という「女としての売り文句」を作ってしまい裏営業により深く入り込んでしまうのである。更に、ミスコンを利用して家計を助ける糧にしようとしてた堂野優子と全面対立し、あの手この手で嫌がらせされるらしい。
左衛門「結果、母さんはそもそもほとんど通っていなかった大学の中退がほぼ確定し…親に顔を向けられなくなってしまい…」
玲奈「わ、わかった、土下座されてもミスコンには出場せぇへん!」
《その言葉、一応毎回聞くんだけどね…》
玲奈「今回の私は、向井君との未来を背負ってんねん! せえへんもんはせんの!」
彰「続きまして、クリスマス・ゲート事件」
《あー、そうかこれもあるのか!》
《玲奈ちゃんが年々嫌いになっていくクリスマス!》
玲奈「ちょ、向井君に限っては…」
《○○君に限っては…そのセリフ毎回も聞いてる! むしろ、懐かしいぞ! たのむ、今回も玲奈ちゃんの真っ黒にくすんだ瞳が見たい!》
彰「そして、これが最後。これはずいぶん先の話ですね。失踪」
《来た! 最大の謎》
玲奈「その、ほんまに私、失踪するん?」
左衛門「こちらも追跡しているのですが、本当に
玲奈「なんやそれ、めっちゃ怖いんやけど」
彰「まぁ、頭にアルミホイル巻けば脳波通信できなくなりますけどね」
玲奈「カルトっぽい何かに巻き込まれるんか? 気いつけよ…」
左衛門「はい、ということで、母さんにはまだまだたくさんの死亡フラグが潜んでおりますので、視聴者の皆様には楽しんでご視聴いただけると思います!」
玲奈「ちょ、私のトラブルで楽しまんで!」
一方、町内唯一の映画館を貸し切って行われた後援会。控室で旅人コーダは深呼吸をする。
「馬子にも衣裳とはこのことだね」
「はい、父さん、母さん。俺は長い旅の結果、戻ってきたのです」
潤んだ瞳を見せるコーダの母。父の表情は感無量であった。
「よし、専太郎。町民が待っている。顔を見せてやれ」
旅人コーダこと香田専太郎は堂々ステージに立ち、三方に一礼してステージに上がる専太郎の姿。彼は、旅の終着点としてこの町に戻ってきた。
「本日お伝えしたいことは極めてシンプルです。父である淳之介に代わって専太郎が次期町議会選挙に出馬する意向の表明です」
ざわざわという雑踏。同時に
「専ちゃん頑張れ!」
という声も聞こえた。コーダは拳をグイっと握りしめ、手元の原稿から聴衆に眼を移す。ホールに満員の有権者が集まる。その視線を一身に受けコーダは口を開いた。その後、演説はうまく行っていた。
「私の魂はこの町から離れない。例えどんなに世界が魅力的であろうとも、私がどんなに有名になろうとも、私はこの町のために尽くすことを誓います。私の長い旅の終着点は始まりの町であるここなのです! どうか、ご声援をくださいませ。必ずや私たちの町をよりよくしていきたいと思います」
パチパチ。要するに父の議席を譲り受けるだけのことであり、最初から支持者が存在している。だからこそ、この演説も
しかし、一人が挙手をする。そして、指名してもいないのに勝手に質問を始めた。
「コーダ、お前に質問だ。旅の終着点は本当にここで合っているのか?」
専太郎は声を上げた男を見て固まる。そこにいたのはリュートであった。背筋に液体窒素を流し込んだように寒気がした。集会所で明美ちゃんをけしかけてきたのはやはりこいつなのか!
「えっ、なになに?」
この町の住人ではない珍客と、にわかなスキャンダル臭がする出来事に、眠りかけていた近所のおばちゃんたちがひそひそと覚醒して様々な憶測を巡らせ始める。ひそひそ言っているけど「ボーイフレンドかしら?」、「あらやだ、あはは」と楽しそうなのがわかった。
「本日は質問をお受けしておりません」
夏美が質問を
「もう一度聞く。お前の行きつく場所は本当にここで合っているのか? お前は都内で仲間を作り、東京で
「ざわざわ…」
リュートは人差し指をコーダに向ける。
「お前にはまだ待っている仲間がいるのだ。選挙など仲間を救ってからやれ」
堂々とした様子のリュート。それに対して近所の農家の爺ちゃんが興味本位でリュートに質問を始める。
「なぁ、お兄ちゃんは東京からきたんか? 一緒に何してたんや?」
「私か? 簡単に説明するなら、この世界の不公平を正す正義。才能を持ち、資産を持ち、光の加護までついてきたような人間がいる。俺は、そんな人間から光を預かり、日の当たらなかった人間に再分配する仕事をしている」
(こいつ、ひもを正義だと言い切りやがった)
「
「ふん、間違っていないな」
(いや、間違ってるぞ!)
「コーダ。帰るぞ、準備しろ」
「いや、ちょっと待て! 俺は、この町に残るんだ!」
「なら、考えがある」
リュートはスマホを取り出してメッセージを送る。しばらくしてコーダのスマホがピコンと反応する。コーダの
「お前が救うべき貧しき者たち。その写真にはその思い出が残っているだろう。戻ってこないなら、今ここで全員に共有してやろうか?」
リュートはスクリーン用のHDMI端子を奪い取って、スマホにつなごうとする。
「さぁ、どうするコーダ!」
コーダは思い出にふける。明美ちゃんを指名するお客と対決になり、なんとか明美ちゃんを死守したが、調子に乗りすぎた。とても支払えないから請求書払いにしてもらったあの夏の日のこと。こんなところで、不正経理の詳細を語られたらと思うと体中から汗が
「専ちゃん泣いてるんか?」
「親父…。俺にはやはり帰らなきゃならない場所がある! やっぱ出馬しない!」
「はあぁ?」
ポカンとする有権者たち。その後、コーダは小走りで会場を去り、
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