28 旅人の行きつく先


 旅人コーダこと香田こうだ専太郎せんたろうの長い旅は終わった。コーダは東京をめぐる旅から帰り町議会議員をする父、淳之じゅんのすけ地盤じばんであるこの町で2年間は秘書として仕事しつつ、地元の人たちと触れ合い、顔を広めていく必要がある。そして、やがては町議会議員にならねばならない。それが嫌で東京に逃げて別の生き方を探していたが結局うまく行かなかった。


(俺に仕立ての良い服は似合わない)


 そうやってぶつぶつと文句を言いながら、着替えさえもサボタージュをしていた。最後の抵抗である。しかし、隣の事務所に誰か来たようである。


「おや、夏美ちゃんいらっしゃい」


 最近、親父が雇ったばかりだという古藤ことうなつであろう。彼女は高校時代の同級生である。なんだかんだ地元に帰って彼女に会うのは7年ぶりである。


(今はどんな感じだろうか?)


 古藤夏美は物静かな佇まいの女子だったが、とにかく綺麗な人だった。当時は高嶺の花だったためあまり触れ合うことはなかった。当時はとても神秘的な印象のクラスメイトであった。あれからどんな大人になったのか? コーダは気になって私室のドアからそっと覗き見る。スーツ姿。スラッとしたウエストからタイトスカートが作る腰にかけての美しいくびれのラインだけが目に入った。


 コーダは扉をそっと閉めるとしばし瞑想する。すーすーと深呼吸をする。


(ここは人生の勝負所だな!)


 そう決意すると、ヘアワックスを大量に手に取り、ぼさぼさした髪をびしっとオールバックにまとめ、親父がここぞというときに使っている香水を拝借する。


 香田専太郎、魅力みりょくアッディショナル、ほんのりビースト・モードの完成であった。


「お待たせしました、新しく香田事務所につとめさせていただきます、香田専太郎です」


 登場したのは気合十分でばっちり決めている香田専太郎の姿であった。


「こちらこそ、よろしくお願いします。古藤夏美です」


 堅苦しく挨拶を交わすも、夏美はクスリと笑いだす。


「専太郎さんって雰囲気変わりましたね」


「いや、最初くらいはきちんとしておこうかと思ってね」


 クスクスと可愛らしく夏美が笑う。


「立派になっているみたいで良かった」


 コーダは決意したのである。この町で町議会議員として一旗揚げ、必ずやこの夏美のくびれを我が物にしてやると。


「さて、専太郎。早速初仕事なのだが」


「はい、お父さん」


 コーダの父はニコニコしながら言った。


「さっそく、私の支持者に挨拶に行きたい。お前も一緒に来て顔を見せろ」


「はい、もちろんですとも!」


「ふん。相変わらず調子のいいやつだな!」


 コーダはついに旅人をやめ、真面目に働く決意をしたのである。




 支持者との交流は歩いて2分ほどの場所にある近くの公民館で行われた。和室に10名ほどの有力な支持者が集まっている。父である淳之介と同い年くらいの老齢な男女ばかりである。


「専太郎ちゃん、ずいぶん立派になったね」


「はい、まだまだ至らない部分もありますが、それでも町のために東京で勉強を重ねておりました。必ずや父のような立派な政治家になって見せます」


「こりゃ、淳之じゅんのすけさんは専ちゃんに越えられちゃうかもね」


 さっそく町の支持者たちに気に入られるコーダである。


「いえいえ、超えるべき目標が高いので精進したいと思います」


 専太郎は調子だけは良い。これは、父である淳之介からの遺伝なのでかくいう父も何も文句は言えなかった。


「専太郎には、上ばかりでなく下の人間の気持ちもきっちり勉強するように言ってある、議員として必要なことはこれからも叩き込んでいくつもりだ! 決して楽ではないぞ!」


「はい、覚悟しております!」


 この談話会は終始和やかな雰囲気で推移すると思った。しかし、専太郎の視界に突然エロい曲線美が飛び込んでくる。こんなジジババしかいない場所に不似合いな漆黒のナース服が包み込むボディ。しかも、その腰つきは見覚えがあったのだ。


(ん? この腰つきは…)


 例のミッシェルに襲撃され、そのまま拉致された現場であるナースキャバクラでお世話になっていた明美あけみちゃんであった。


「コーダさん…、もう私のことは助けてくれないんですね?」


「えっ、なになに? スキャンダル?」


 急に輝きはじめるおばさま方の瞳、一方で親父の表情が凍ったのは言うまでもない。




 一方、玲奈は…


「今日はすぐ近く、渋谷川についてまとめてくれるかな?」


 と言って先生は渋谷駅の真下に流れる川のことを説明し始めた。地図をスクリーンに映し出して場所の説明を始める。渋谷の町は既に何度か訪れているが、川なんてあったっけ?


「じゃ、あとは二人で頑張って探してみてね!」


 そうして渋谷の町にイケメンと二人で放り出されるのである。これって最高な授業じゃない?


「あの、向井君。まずはどうしましょうか?」


「高いところから見てみますか」


 超自然な流れ。二人でこのまま渋谷デートである。そして、渋谷駅前の超高層ビル。渋谷サクラフルスクエアの展望台に向かう。


 私、不動産会社の父を持つ関係上、等高線の描かれた地形から土地の価値がわかったりする。当然ながら展望台から町を一望すると、どこに川があって水はけが悪いかとかもわかるのだけど。ここは知らないふりをして向井君に頼ってしまおうかな?


 ただ、高いビルから町を見て思うんだけど、渋谷って全然いい土地じゃないよね? 渋谷という地名の通り丘に囲まれていて谷になっている。その谷の中心に駅が建設されているため、駅から出ている道はすべて上り坂なのだ。水害にめちゃくちゃ弱そうってのがまず一つ。そして、驚いたことが一つ。今私たちの昇ったこのビル。もしかして川の真上に建ってない? よくこんな大きな建物をそんな軟弱そうな地盤に作ったよね。そもそもこの関東平野が半分湿地みたいなものだったんだから川の上にビル立てるくらいどうということはないのかな? 


「関東の建築感覚よくわからへん」


「東金さんってお詳しいんですね」


 あっ! しまった。ついつい本気を出してこの地域について語ってしまった。こういう知識マウントを男の子にすると嫌われるのに…。


「あ、いえ、ちょっと父が不動産に詳しくって」


「なら、僕も…本気を出さないといけませんね!」


 そう言うと、向井君は私たちが登っている渋谷サクラフルスクエアの建設工法について語り出す。地上一階から作り始め、地下と地上階を同時に工事して工期を短縮する逆打ち工法についてである。実は名前は聞いたことあるんだけどそれをするとどんな建物になるのか? そういう話はけっこうためになったのである。


「もともとあった川はどこいったん?」


「実はビルの中を流れているんですよ!」


 こんなマニアックな話を初日からできるなんて…今までなかったなぁ。考えてみれば、不動産屋の私と建築家を目指す向井君ってこの後、将来話をしても相性が良いよね? これもやっぱり未来技術であるソウル・メイターのおかげなんだろうなぁ…。恐るべし未来技術!


「実は地下フロアに川が流れているんですよ」


 と、話で盛り上がって、ビルの中をくまなく見学していたらけっこういい時間になっていた。


「いけませんね、レポート仕上げてません。お時間は大丈夫ですか?」


「今日はちょっと厳しいかな。また、時間作って一緒にレポート仕上げようね!」


 そう言って翌日にもデートを取り付ける私。もちろん友達との先約は断った。


 お父さん、左衛門。今、私は幸せなのです! そして、未来の視聴者よ、私の約束された勝利を見ているがいい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る