27 美貌の君


「リュート、どうしてここに!」


 あかりとプレカリの二人は驚く。しかし、リュートはプレカリの質問を無視して、あかりの方に近づいていく。そのままネットに押しやられるあかり。壁ドンならぬ、網ドンである。


「君の唇は、誰か一人のためにあるらしいな。良妻賢母の相が出ているよ」


 困惑して何も語らないあかりである。視線を逸らして怯えているようだった。そのあかりの顎をくいっと持ち上げて正面を向かせる。


「そんな唇も東京ではかえって魅力的に見えるものだ」


「私は、東京なんて行きませんからね」


「ふっ、芯のある良い娘じゃないか。プレカリにはもったいない」


 そうして、あかりから離れるリュート。ちなみに、リュートは稼いでいない女には一切手を出さないという絶対のおきてが存在している。それを知っているプレカリにとっては単なるおどしとしか思わなかった。


「リュート何しに来たんだ。俺は、もう東京には帰らないぞ」


「勘違いするなプレカリ、お前に餞別せんべつの品を渡しにきただけだ」


 すると、リュートは餞別の品とやらを雑に投げた。白く、手乗りサイズ、プラスチック製のボディとそこから飛び出す真鍮の金具。


(コンセントタップ!)


 それを、認識したプレカリの脳細胞が今までの人生で一番活発に働いた。やばい。これは見られてはいけないものである。投擲からコンマ1秒。プレカリはヘッドスライディングをして、小さな白いプラスチック製の物体に飛びつき、あかりに見えないよう覆い隠すように拾い上げる。


「先にお前の実家に寄っていたんだがな、脱衣所にそれがあったんだ」


 リュートが投げたのは盗撮用のカメラが仕込まれているコンセントタップである。以前、弁護士の木下さんに脅されてもなおこの趣味を辞めずに続けていたのである。


「い、今のは何ですか、みのるさん」


 答えないプレカリ。プレカリの鼻息はどんどん荒くなっていく。


「そこの女、こいつの秘密を知りたいか?」


 あかりの綺麗な瞳がリュートの方を向く。


「いや、ちょっと待てって!」


 そう言って、リュートの方に近づいて耳元でささやき始めるプレカリ。


「なぁ、今回はマジで頼むから。もう、東京には帰れないんだって」


「そうか。そこの女、こいつの趣味なんだがな」


 慌てて口を封じるプレカリ。このままリュートは殺した方がいいのではないかと思い、剪定用の大きく鋭いはさみをぐっと握るプレカリ。しかし、こんな場所で人殺しなんてできない。これもすべてあかりのためであった。


「なら早く東京へ来い」


 しかし、プレカリは迷う。もし、東京へ帰ったことが発覚したらあの殺人もいとわなそうな弁護士に間違いなく東京でしていた盗撮を告発される。ほぼ間違いなく刑事告発される。


「決断できないならいまここでお前の秘密を暴露してやろうか?」


 しかし、それはここに残っても同じようなものであった。ここで、リュートの言うことを聞かなければ確実に盗撮したのを暴露されてしまう。昨夜、あかりちゃんが作業の後にうちにお邪魔して、昔のようにお湯まで借りていくだろうと踏んで仕掛けたまでは完璧だったのだけど…。


「どうせ、東京にお前が戻ったことなんてわかりっこないんだ」


 それはリュートの言う通りだった。木下さんは監視用のGPSをプレカリにつけたわけじゃない。だから、居場所を逐一把握しているわけではない。今ここで確実に死ぬくらいなら、東京に戻っても発覚しない可能性に賭けるしかない。


「わかった、用事が終わったら即刻戻るからな!」


「そんな、みのるさん! せっかく戻って来たのに!」


「おう、それでいい。それでこそプレカリだ! 悪いがもうしばらくこいつは借りるぞ」


 こうして、プレカリは東京に戻ることになったのである。




 一方、玲奈は…。


「明日は待ちに待ったデートや!」


《この世界線の玲奈ちゃんだけ別人みたいだね》


 彰さんが横目で私を見つつ質問をしてくる。


「それで、明日はどんな格好で行くつもりなの?」


 お、今日は私のファッションチェック会かな? ということで、更衣室スペースに入り込み、わが家の衣装をずらずらと選んでいく。


「こんなんどやろ?」


 青いロングスカートに、白のセーラーみたいなやつを…。


「ちょっと、子供っぽくない?」


 彰さんの視線。かくいう私もにこやかな表情をやめて真顔に戻る。


「それなら、みんなはどう思う?」


 ということで視聴者判定を入れてみる。選択肢は、かわいい、カッコいい、普通、ダサい、人前に出るな、などなど5段階である。


「みんな、よろしくにゃん!」


 この番組、視聴者男の人が多そうだし、かわいい子ぶっておけばチョロいやろ…。


「結果は、肯定意見44%、普通12%、否定意見44%」


《ヤバくなってきたときの内閣支持率みたいwww》


 結果は意外にも拮抗したのである。あ、あれ? 私そんなに変な格好しとるかな?


《最後の「ニャン」ってやつで人前に出るなって思いました》


《いや、玲奈さんのキモオタ彼氏になる人にはちょうどいい服だと思いますよ》


 ケンカ腰で迫って来る視聴者たち。


「あん、なんやって?」


 そのケンカを買う言葉で返した私。その後荒れたのは言うまでもない。この日たぶん一番荒れた回だったと思う。


 で、腹立った私は自分の選択を信じてこの格好で日曜日の大学に足を運ぶことにした。教室棟は誰もいない。今まで一度も足を踏み込んだことのない研究棟に入り、指定された部屋の隙間から中を覗く。


「あー、君が向井君だね?」


 しゃべり声からするに既に私の運命の相手は来ているらしい。どうやら名前は向井君。初対面。一体どんな人なんだろうか?


 しゃがみ込んで書類を探す先生。そのちょっと手前にすらりとした体型の男の人が立っている。この人なのか。身長も見た感じ私より13センチ以上高いから男として見れる。ちょっと、おぼっちゃまっぽい清潔感ある男の子。髪は少し天然パーマ…あれ、もしかしてこの人…、私が入学式からずっと気にしている人じゃないかな?


(よし、入ろう)


 入って顔を確認しよう。全てはそれで決まる。私は鉄の扉を引いて声を出す。


「こんにちは、遅くなり申し訳ありません。東金玲奈です」


 するりと振り向く彼。その人はやっぱりあの気になる彼であったのだ! 美しい。実に美しい。絵に描いたような美貌びぼうである。この世界で彼だけ作画が違って見える。君はなんと美しいのか!


 これは、完全にホワイトホールきとるで私の未来!


「初めまして、僕は向井むかい優斗ゆうとと言います。よろしくお願いします」


 この日、私は美貌びぼうの君に出会い、我が人生に勝利した。


 まごうことなきハッピーエンド。今までありがとう左衛門。


 ※続きます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る