第07話 それぞれのラブストーリーと視聴率を気にしない母

26 真っ赤なプレカリとたわわなリンゴにリュートの音色


 梅雨のジメジメとした天気。少し曇った空。エアコンのない屋外での作業。しかしプレカリの額にはきらりと汗が流れた。


(真面目に働くのも悪くないな…)


 今、プレカリアートは、今は立派な労働者プロレタリアートとなった。彼は実家の畑で仕事をする。町内のりんごブランドを背負うプレカリの一族は、農業主体のこの町にとって希望の一族なのである。


 リンゴには真っ白な花が咲く。それに、人工授粉をしてこの時期は既に小さな実がたくさん付いている。リンゴの実は中心となる一つの実の周りにいくつかの実が一緒に出来る。しかし、このまま全ての実を成長させてしまうと栄養が分散して、実が膨らまないこともあるし、あるいは全ての実が上手く育たないこともある。だから、プレカリは小さな実を剪定していた。大きく育つように願掛けしながら、仕事をするのだ。


 何もかもが懐かしい。夢中で修理していると、また額から汗のしずくが垂れてきた。タオルでふき取りたいが、今は手を離したくない。肩を丸めてシャツの袖が届かないだろうかと苦戦しているうちに汗は額をなぞって、目の所まで落ちてきそうになる。


 その絶妙なタイミングで細く白い手が伸びてきて、ハンカチが優しくおでこの汗を拭き取る。


「みのるさん。そろそろお休みされてはいかがですか?」


「あかりちゃん…いえ、あかりさん。なんだかこういうの懐かしいですね」


 プレカリの作業を手伝うのは成田あかりさん。今年で高校を卒業したばかりである。幼いころから面倒を見ている(見られている)地元の幼馴染のような妹のような近所の女友達であった。昔から、今のようにプレカリの畑仕事を手伝ってくれていた。


「だって、5年ぶりにみのりさんに会うんですもの。懐かしくって」


 あかりは肩をすくめて照れた表情をする。ほっぺたが赤くほてり、あどけなさは昔のままである。しかし、プレカリの目線はもっと別の場所に奪われている。昔はぺったんこだったおっぱいがりんごみたいに膨らんでいる。いつの間にこんな大きくなったのか。すくめた肩に合わせて谷間をくっきり見せる二つの果実に、プレカリは視線を落とすのだった。


「みのるさん。どこ見てるんですか」


 東京に出て行く前の自分は、どうしてこんな可愛い子を置いていってしまったのだろうか? 自身を悔やむプレカリであった。


「よし、これ終わったら飯にしよう!」


「はい、ごはんいっぱい作っておきましたからね!」


 プレカリが脚立に登り、あかりがそれを押さえる。そんな二人の作業中に、目の前の道に一台の軽トラックが停車する。そして、あかりさんのお父さんが窓から顔を出す。


「みのる君久しぶりだね。東京はどうだった?」


「にぎやかですが、付き合いが希薄でして。地元のみんなの暖かさを学びましたね」


「ははははははは。やっぱここは良いだろう!」


 テンプレみたいな褒めかたでも、ここのみんなは大喜びする。町のブランドは君にかかっているという激励の言葉と共に、


「それで、今のあかりはどうかね?」


「もう、お父さんってば!」


 なんていう、ジョークまで飛び交うのである。走り去る軽トラックからグッドサインを掲げるあかりパパさん。もう、これは娘さんもらってもいいんですよね? 地元はなんてすばらしいのだろうか…。


 そして、カラス避けネットの修理を終えて、脚立から降りようとしたところ、バランスを崩してしまう。


「あっ!」


 どさっと、倒れ込む二人。あかりさんのおっぱいの感触がしっかりと自分の胸に伝わってきて、そして彼女の飴みたいな綺麗な瞳がプレカリを映す。うるうるとする彼女の瞳がそっと閉じられて、ほんのり赤い唇がキスを待っている。


(やるんだな、今ここで!)


 プレカリは覚悟を一瞬で決めた。このまま熱い口づけからの野外寝技に持ち込むしかない。人工授粉の作業を手伝う傍ら、親父はこの畑で俺が生まれたと言っていた。その意味を今になってしっかりと理解し、親父の意思を息子の俺も受け入れる覚悟を決めた。その時だった。


「昼間からお熱いやつらだな」


 急に聞こえてくる聞きなれた声。リュートである。慌てて起き上がる二人であった。


「リュート、どうしてここに!」




 一方そのころ、玲奈は左衛門の番組で生放送中だった。


「今日のゲストはプロドローンパイロットの水谷恭二さんです!」


 パチパチと拍手をする私。この後、左衛門から私の恋を邪魔するイケメン・ガーディアンズに対抗する作戦が発表される。きっと、この人がドローンで何かするんだろうなと思っていた。


「今回立案した作戦はですね『自由科目でお近づき大作戦』であります」


 けれども、あまりドローンが関係なさそうな作戦が発表されたのだった。


 大学生のとるべき単位は二つしかない。必修科目と選択科目。この二つである。そして自由科目とは何かと言えば…。


「単位にならない科目です!」


「いややでそんなん、休みの日にあるやつやん」


 そう、なんと自由科目は大学生の貴重な休み時間に実施される科目なのである。一体そんな科目とってなんになるって言うんや?


「別世界線を調べた結果、なんとほぼ100%の確率であなたのお相手はこの『都内史跡調査』という自由科目をとっています。しかも、毎回受講するのは彼一人なので、母さんが受講すれば確実に二人きりで授業を受けられます」


「ほほう」


 この自由科目は名前の通り、いたるところに埋もれている都内の史跡を廻ってレポートを書くという、デートの口実を学校から与えられるついでに東京の歴史について学べる、ナイスな科目なのである。


「私、左衛門のこと大好きや! 未来のみんなもな!」


《まぁね!》


《俺たち、いつも玲奈ママのために頑張ってるから!》


「ははは!」


 そうして、笑顔に満ちたスタジオは和やかな雰囲気で番組を終えようとしていた。が、私は一つだけ気になってしまったのである。


「ところでドローンパイロットの水谷さんは何をしにきはったの?」


 別に、スホーイさんとミグさんの二人とドローンで戦うわけでないなら何のために呼ばれたのか?


「母さん、いい質問ですね!」


「あ、はい」


 左衛門は堂々と説明を始める。


「なんと、ヨミチューブ初! デートの様子を上空からライブ中継」


 ドンドン、パフパフ! 昭和臭のするアナログな効果音が未来技術によるサラウンドシステムでスタジオに響く。


「おー、パチパチ」


 なるほど、私は半分頷いた。先日、左衛門のお願いにより一台30万円もするドローンを買うことになった。なかなか大きなドローンである。あれはこれに使うものだったんだと納得する。

 そして、私は半分首を傾げた。いや、ちょっと待って。それは何か間違っている気がする。その企画には何か大きな問題があるような…。


「母さん、何か?」


「いや、あんな。都内ってあんな大きなドローン飛んでええんか?」


 その時、スタジオの空気が凍った。


《えっ? この時代、大型ドローンの飛行できなかったんだ!》


《ちょっと待って、フライトプラン提出と有視界飛行範囲内って…》


 慌て始めるスタジオ。みんなが過去のことを調べ始めるが、私のいるこの世界の法律でなければ意味がない。


「木下さん、答えてくれはるかな?」


 メッセージを送ると、意外にもすぐに既読が付く。今は昼間だけど時間があったらしい。


「ドローン? 都内はダメに決まってるでしょ!」


 弁護士の一言に、お通夜みたいな空気になるスタジオ。


「それじゃ、水谷さんは?」


「えー、その、いろいろありましたが都合によりドローン空撮企画はなくなりました。本日ははい、これで解散!」


《ちょwww》


《放送事故…》


「え? 私が買ったドローンはどないしはるん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る