25 スホーイさんとミグちゃんと戦う話


 人で賑わう渋谷の街並みに、コツコツとちょっと高めのヒールの音が響く。気持ちが先走り、足も速くなる。なにせ、私の本当の運命はこれから始まるのだから。未来技術の導く先にイケメンがいる! 私は人生で最も鼻息荒くしながらわくわくしていたのである。


(この際視聴者とかどうでもええ。めっちゃ甘ったるいラブストーリーにしてやる!)


「母さん。ターゲットは友達と一緒に、喫茶店に入った模様。今、ダッシュでその通りを駆け抜けて店にはいれば、彼らの列の後ろに並べます」


「それなら、もしかしたら声かけられるかもな! 元陸上部員の本気見せたるわ!」


 これから、私は運命の人に会いに行く。全速力で会いに行く!


「ええよ、イケメンのためなら私どんな辛い運命でも受け入れるで!」


「あ、母さんちょっと待った!」


《警告! ミサイル急速接近! 回避、回避!》


「はぁ?」


 慌てて減速する私。その目の前。一本のデッサン用の鉛筆が飛んできた。鉛筆は近くの電柱に当たって、芯が折れてはじけ飛び、そして私の足元に転がる。


「あら、ごめんなさい」


 現れたのは二人の女子。両側から二人がぴたりとくっついて、私の進路を挟み込むように妨害してくるのである。どうやら同じ大学の生徒である。一人は、諏訪すほうおりさん。もう一人は三国みぐに五月さつきさんである。二人は、私の両隣を塞ぎ行く先の自由を奪った。


(なんやねんこいつら?)


《この二人、スホーイとミグだな》


 私の疑問をさておいて、視聴者たちは奇妙なことに気づいた。後にアップロードされる動画が戦闘機の戦いのようにアレンジされたのもこのコメントがきっかけである。


《なるほど。すほういおり=スホーイ、みぐに=ミグ》


《wwwこの動画の編集は空戦仕立てが面白そう!》


《三国五月=ミグニ五月=ミグ25=マッハ3級のやべーやつ! フォックスバットじゃん!》


《俺もね諏訪さんのヒラヒラの髪型がカナード翼に見えてきた。機動性のやべーやつ! たぶんターミネーター!》


 という未来人オタクの発言から始まったいたずらにより、編集されてアップロードされた動画では私と彼女たちのセリフには、無線音声のような演出が加えられることになったのである。


 スホーイ《こちらは、イケメン防衛隊。領空侵犯中のぶりっ子えせ関西弁女に告ぐ。これ以上の接近は許さない。転進せよ!》


 玲奈「私は玲奈。貴方たちに危害を加えるつもりはありません。ちょっと通るだけだから」


 実際にはお互い何もしゃべっていないけれど、この二人学校でちらちら目撃するし、向うも同じ学生だとわかっている様子。私に幅寄せをして、強引に進行方向を変える二人の女子に、私はギュッと挟まれて身動きが取れなくなった。


 スホーイ《警告、警告。お前はイケメン防衛ラインに接近している。進路を変更し離脱しろ。繰り返す…》


 そんな、オーラを確かに感じる。そして二人の連携により私の進路は強制的に方向転換され、目の前にあった牛丼屋に押し込まれようとしている。


 スホーイ《早く、進路を変更せよ。私が許してもミグちゃんが許さない》


 私の右サイドを挟む三国さんは、左肘で私の横腹を突きながら、デッサン用の鉛筆を何本も削っては尖った状態にしている。さては、こいつら建築科の連中だな!


 玲奈「嫌よ、私はその角にあるお洒落なカフェに行きたいの」


 スホーイ《ミグちゃんは待て。まだ説得フェーズだ。攻撃は許さない。攻撃は許さない》


 三国さんは鉛筆を削りすぎたため、携帯型の鉛筆削りがゴミでいっぱいになっている。だから、ペンケースからクラフトナイフを取り出し、また歩きながら鉛筆削りを続行する。街中で歩きながらそんなことするとか、確かにやべーやつなのは間違いない。


 ミグ《課題が山積みね。早く全部を始末したいわ》


 スホーイ《早く、早く逃げなさい。ミグちゃんが、ミグちゃんがあなたを真っ赤に染める前に!》


 ミグ《フフフ》


《警告、警告。敵にロックオンされている!》

 

 二人は大きく旋回して、牛丼屋に私を押し込む。


「ちょ、私が食べたいのは牛丼じゃないの!」


 ピンポーン。


 結局。私は用事もないのに牛丼屋に誘導され、二人に挟まれて安っぽい牛丼を食べる羽目になったのである。


「ご注文はお決まりですか?」


 両サイドの二人は私が逃げないように私のスカートを両側から手で押さえて引っ張るのである。強引に逃げるとスカートが脱げてしまいそうだ。


 初めて入った牛丼屋。雑然として狭苦しくいかに人間を効率よく押し込むかという点に重点を置いた店内レイアウト。ただ、差し出されたメニューは写真がいっぱいついていて見やすい。


「ならミニ牛丼で…」


「お待たせいたしました。ミニ牛丼一つです」


 注文して2分。めっちゃ早い提供。なんだか心配であるが、恐る恐る牛丼を口に運ぶ。人間が食べて大丈夫なのだろうか?


 くんくん


 不安になって臭いを嗅ぐ。甘めのたれの香りがごはんにしっかり浸み込んで、私の食欲を刺激し始める。


 ごくり…。


 食べてみよう…。恐る恐る私は箸でご飯と薄い牛肉をつまみ上げ口に運んだ。すると、口に広がる甘味と香ばしさ、それに肉のうまみが絡み合いご飯を包み込むのである。


(なんや、牛丼めっちゃおいしいやない…)




 その日、夜に開かれる左衛門チャンネルで私は、愚痴ぐちを言う。


「マジで、なんなんあいつら!」


《ぷりぷり怒ってる玲奈ちゃんもかわいい》


《その正体。私が解説しましょう。知らんけど》


「知らんのかい!」


 設定を作りこむのが大好きな視聴者たちは面白可笑しく例の二人をいじっているが、私にとっては大問題である。


 左衛門の調査によると彼女らはイケメンを取り巻き、そして、勝手にパトロールする存在。イケメンの知り合い以上友達未満の恋する切ない乙女たちの集い。


「以後イケメン・ガーディアンズとでも呼称しましょう」(※以後、出番ありません)


 まるで、領空侵犯を検知したインターセプターのように、殺気むんむんでメス猫を追っ払う。これが正義とでも言うかのように喧嘩を売って来る。別に彼女たちが向井君と特別な関係であるわけではないのだけれど。


「それで、私はどうすればいいの?」


「大丈夫です母さん。私にいい考えがあります」

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