24 これから、私は運命の人に会いに行く
――これから、私は運命の人に会いに行く
話を聞いたときは実感がなかったけど、冷静に考えてみると緊張してきた。昇る二つの太陽を背に感じながら、普段よりちょっと入念にお化粧して、服は何を着て行こう…。パジャマ代わりのシャツを脱いで下着の棚を眺める…。
ピピピピピ…。ピピピピピ…。左衛門の古臭い未来携帯が私を呼ぶ。パンツ姿のままで私は携帯に出た。
「母さん、おはようございます。準備はできましたか?」
「いや、ちょっとなに着てこうかとおもとって」
「何でも良いですよ。初日は相手が見つかるかもわかりませんから」
「いや、でもなぁ…」
「…左衛門さん、ちょっと変わって」
携帯の向うがちょっと騒がしくなる。
「あ、玲奈ちゃん? 彰です。とりあえず今日はどんなパンツでも良いからさっさと着替えてちょうだい。結構説明することが多いのよ」
「えっ、いや。なんでパンツ選んでるってわかるん?」
「本当にパンツ選んでたの?」
「あ…」
「玲奈ちゃん、いやらしい子。ネタにしちゃおうかな?」
「ち、ちがうんです。そういうのやないんです」
「あぁ、玲奈ちゃん、やーらしか!」
「やめてー、ちゃうんやて!」
さて、入念に服装を整えた結果、早起きもむなしく授業に間に合うかどうかぎりぎりの時間となってしまった。少し小走りでいつもの通学ルートを進む。
ピコーン! 私のワイヤレスイヤホンに波紋の効果音が広がる。
「玲奈ちゃん、この音は恋愛係数65以上の相手が近くにいることを示すわ。グラスを装備して!」
この眼鏡型の視覚デバイスは、カメラとスクリーンを内蔵し、視覚上に様々な画像を投影することができる。HDMI接続でスマホともつながるのである! 未来っぽいけど、普通に今のネット通販で買える現代の未来デバイスである。
「レンズ分厚い…、デザインもかくかくしてかわいくない…」
「我慢なさい。視界内に相手が映ると、ロックオンマークが表示されるわ」
ダイヤ型のマークの真ん中に確かに人が映っているが、川の向こう側の駅のプラットフォームで電車を待っている人の顔は遠くてよくわからない。
「ズームできるわよ」
私は立ち止まりカメラをズームして様子を見る。
(普通のおじさんでは?)
目を凝らしてみるが、とりあえずイケメンではない。
(なによ! 私の趣味にあってないやない!)
せっかく、左衛門が良い話を持ってきてくれたのに、ごめん。私、イケメンじゃないと頑張れないの。朝からやる気をすっかりなくしそう。
「そう、玲奈ちゃん。これが、ソウル・メイターの現実よ」
「この企画、あかんな。私が左衛門と漫才するほうがええかもしれへん!」
私が今後の展開に対していろいろなものを諦めかけたその時、奇跡が起こる。
反対側のホームに電車が到着した。その拍子におじさんがどこかへ移動し、列の後ろからイケメンが現れたのである。私と相性が良いと示していたのはこの人だったのだ。細身で、暑苦しくなく、表情が優しく、可愛らしいくも美しさのある色白のイケメン。
「えっ!」
私は思わず前に乗り出し、手前のガードレールに体がぶつかってしまう。
「まって、やっぱこのアプリすごいやん!」
「え? なに? どうしたの?」
「前言撤回。このアプリ未来人最大の発明やね!」
私のテンションはMAXまで上昇するのだった。私は気分上々で大学までの道のりを歩んでいく。世間体を気にしなくて良いのなら、両手を大きく広げながらこの川の上を走り抜けて抱き着きたいほどの気持ちである。
ちなみに、相性は標準偏差で示されるため50が真ん中である。65の相性であればクラスで一番相性がいいくらいの関係である。
「このアプリ気に入った。もっとええ人探しましょう!」
しかし、大学へ着くが、なかなか相手が見つからず午前中ももうすぐ終わるころであった。午前最後の授業。時計を見るともう何分もせずこの授業は終わる。昼食も近くみんながざわつき始める。
ガタガタ…。ゾロゾロ…。隣の部屋の授業は早めに終わったらしい。生徒たちが廊下を歩いて行く。
この時、スマホ画面が急に明るくなって反応する。
チラリと画面を見ると、通知欄に「恋愛係数95の相手を検出」と表示されていたのである。一瞬だけ表示されたその通知。私はスマホを手に取りもう一度確認する。
「母さん、授業中に申し訳ないのですが…」
左衛門からのメッセージ。今は授業中。私はそんなに不真面目な子じゃないから抜け出すのもどうかとは思う。けれど、今はこっちの方が人生にとって重要。だから、スマホを机の下に隠してこそこそ返信をはじめる。
「私も気づいたわ」
「どうやら、とんでもない相手が近くにいるようです」
アプリの表示はやはり恋愛係数95。偏差値と同じだとすればバリやばい数字。
「母さん。こんなん、世界レベルやでぇ。初日でこんな相手が見つかるなんて、これは本当にホワイトホール効果来てるかもしれへんで!」
左衛門が癇(かん)に障(さわ)るぎこちないどこかの方言を繰り出して語るほどにすごい高い恋愛係数の相手である。
「今すぐ、追跡用のアプリを送りますね!」
追跡アプリは、未来の淑女(しゅくじょ)たちの願いによって作られた運命の相手とのめぐり逢(あ)いを割とうまくドラマチックに演出してくれるアプリである。例えば、その相手がよく昼食に利用するお店の情報や、どの席によく座るか、どんな趣味があるかを下調べできるのだ。
そして…
「このお店私もよく行きます!」
「こんな趣味があるなんて奇遇(きぐう)ですね!」
と、まるで運命みたいに出会いを演出してくれる。それがこのアプリである! そういう説明を読んでいる私は、未来人に対する尊敬度(そんけいど)が爆(ばく)上(あ)げとなる。
(彼ら未来人は神か!)
スマホに表示されるダウンロード中のアイコンが消え、アプリが起動する。
(よし、まだそんなに遠くに行っていない!)
渋谷区に存在する我が大学校舎。基本的に食堂は小さく、一年生が気安く使えるようなものではない。この近くの学生たちはこの巨大なファッションセンターである街に点在するお洒落な飲食店を利用することが多い。半分以上の学生は遊ぶためにこんな場所の大学を選んだと言っても過言ではない! だが、こんな時間だと店は基本的にどこも混雑しており、だからこそ早く追いかけねば、私の運命の人を見失ってしまう。
しかし、早く出発したいのに。授業が終わらない。
「はい、それでは、演習問題2が終わった方(かた)から退出して構いません」
「!?」
私は数学の問題を見つめた。するとすぐに左衛門から連絡が来る。答えでもくれると言うのだろうか?
「あ、母さん。頑張って解こうとしてますんで。ちょっとお待ちを」
左衛門たちはとても慌てていた。アシスタントの瀬川さんは「急募、当チャンネル視聴者の中に数学者様はおりませんか」と緊急募集のバナーを張り付け、ナレーターの彰さんはうがいをして喉の調子を整えている。きっと、回答を読み上げるつもりなのだろう。そして、当の左衛門は私と同じ演習問題2とにらめっこしていた。
瀬川「左衛門さん解けないなら手伝ってください」
左衛門「いや、なんかわかりそうな気がするんだ」
社会人という不思議な生き物の実際。社会人は学生たちに偉(えら)そうな口を利くわりに数理的問題を解く力はそれほど高くない。かつては解けた問題も、時がたつにつれて脳の回路が退化して解き方を忘れ、まずは思い出すところから始めねばならない。正直、社会人が唯一学生より優れた算術(さんじゅつ)回路(かいろ)があるとすれば、それは金(かね)勘定(かんじょう)くらいである。
また、男の子のプライドも時にやっかいであった。これは、父を見てきた私自身が良くわかることであった。小学校のときはよくお父さんに勉強を教わっていたのに、中学校ごろからあまり勉強を見てくれず、家庭教師を雇うようになってしまった。今の左衛門はそのときの父の心境とそう変わらないのであろう。当時、一人でゴルフばっかり行くようになった父にやきもきしたが、今ではよくわかる。あれは、男の子特有の格好つけたがり衝動(しょうどう)の一つ。か弱い女の子にたいしてお勉強で格好悪い自分を見せたくないのだ。
だけど私はそういう男心は知っている。
「左衛門。この問題は私にとって楽勝(らくしょう)よ。その代わり、私の運命の出会いをちゃんと記録して未来の視聴者を楽しませてほしいな」
「え? あ、はい」
左衛門が恥(はじ)をかく必要はないのである。私は目を開くとその演習問題を秒で片付けて教室内で最初に席を立った。友達には用事があると伝え私は渋谷の街に駆(か)けだすのである。
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