19 エンジョイ・ジョージの最後


 エンジョイ・ジョージは帝王になりたかったのだ。美女でなくてもよい、とにかく養ってくれる女性を周りに集め、自分を支える帝国を作りたかったのである。


 そして、今日。我々はザギン・シース―作戦を発動し、ジョージ帝国に革命をもたらしたのである。


 私たちは、とあるビルの展望レストランからジョージ先輩の醜態しゅうたいを眺めている。我ながら性格が悪いなと思うのだけど、きっとこういうの視聴者にウケるんだろうなと思うのである。




 私は今、展望レストランから目の前に広がる渋谷の町と、テーブルに置かれたタブレットに映る左衛門の姿を見ている。私は、オペラグラスを片手にとある喫茶店をのぞき込んでいた。


 リンチ「正直に聞きますがエンジョイ・ジョージのことをどう思っていますか?」


 玲奈「えっ? 明るくて面白い人やと思うけど?」


 リンチ「はは。笑えますね」


(あん?)


 リンチ「さっそくですが、私が調べた彼の懐事情を説明しましょう」


 エンジョイ・ジョージ。本名は楠木くすのき譲二じょうじ。28歳。大学7年生。現在出ている授業は一年生の必修科目の英語のみ。授業で知り合った新入生相手に、過去問をあげると言う口車くちぐるまでナンパする典型的な遊び人である。


 彼は現在実家から毎月10万円の小遣いと家賃相当を貰いながら、ひも活動を実施している。彼の広く薄い交友関係を利用し、友達の紹介を使って常に宿主となる女性を探している。ターゲットにされているのは、そろそろ結婚したい年頃の女性。もちろん仕事していてお金があることが必須である。


 エンジョイ・ジョージは現在、それら宿主の女性から学校のことだの、バンドのことだの金がかかると言いながら、卒業して就職したら結婚しようなどと言って、一人当たり平均して毎月5万円ほどお小遣いをもらって生活している。


 リンチ「彼は同様の手口で常に6人の女性からお小遣いをもらい、毎月30万円ほどの収入となっています」


「君がいないと僕は独り立ちも無理なんだ」


「僕は立派にならないかもしれない。けど、ちゃんと就職して君くらい支えられる人間になるよ」


「やっぱり、君がいないとやっていけない」


 リンチ「奴はこんなセリフを普段から口走るような男です」


 玲奈「そ、それで、今日はどないしはるの?」


 リンチ「良い質問です。ご覧の通り、今の彼は喫茶店で彼女の一人からお小遣いをせびっておりますね」


 私はオペラグラスを片手に眼下の町を見る。喫茶店で女性と話すジョージ先輩が見えた。どういう技術なのかわからないけれど、喫茶店の中でどんな話をしているのか声もしっかり聞こえる。二人はなかなか楽しそうに会話しているようだった。


 リンチ「そして、今日、この店には彼の付き合っている女性を複数名ほど集めるように仕向けています」


 どうやら、彼らはここに修羅場を建設するらしい。戦いの跡には爆心地しか残らないかもしれない。先輩には気の毒なのだけど、どうなるのかはちょっと気になる私であった。




 ジョージ「これまで作ってた楽曲の話あるじゃん」


 彼女1「いままで、ジョーちゃん頑張ってたやつだね」


 ジョージ「そう、あれがなんととあるネットラジオで採用されそうなんだよ」


 彼女1「すごーい!」


 ジョージ「ただ、録音音質の問題でこのままじゃ使えないらしくてさ、スタジオ借りて収録しなおしたいんだ」


 彼女1「ふふ、採用されるのって二本目だよね。ジョーちゃんって結構才能あるんじゃないの?」


 ジョージ「だといいけどね。それで…お願いなんだけど…」


 彼女1「わかってるって。いくらくらい?」


 ジョージ「総額で23万円なんだけど、足りないのは6万円。また返すからお願い!」


 この会話を聞いている私でも思った。リンチさんの事前情報があるからなのかもしれないけど、声が届くなら彼女に伝えたい。「騙されていますよ」と。


 彼女1「ねぇ、ところでジョーちゃん」


 ジョージ「ん?」


 彼女1「あそこの席の人がさっきからずっとこっち見てるんだけど知り合い?」


 そう言われて振り向くジョージ先輩。


 ジョージ「!!!!!!」


 思わず閉口するジョージ先輩。そして、彼に近づいていく背の高い女性。仕事の合間なのかわからないけどスーツ姿であった。


 彼女2「ジョージ。やっぱりジョージなのね。その女は誰?」


 ジョージ「姫子…どうしてここに…」


 彼女3「まって、やっぱり譲二なのね。お金ののことなら私がいるのに何で相談してくれないの!」


 彼女4「私だってずっとここにいたのよ! お金ならそんな小娘より私の方が払えるわ!」


 彼女5「そんなけち臭い女じゃなくて私なら23万円全部払ってあげるわ」


 予想の斜め方向に女たちの論争が廻り始める。そのまま取り囲まれそうになるジョージ先輩であった


 が、仁王立ちする背の高い女性の股の下にスライディングで潜り込み脱出を図る。必死の形相であった。


「ジョーちゃんどこ行くのよ! 待ちなさい!」


 そして、ジョージ先輩は慣れているのか、迷わず喫茶店の裏口から脱出をはかるのである。


「いったい、どういうことなんだ…」


 ジョージ先輩は複雑な店の裏手を上手くすり抜け、店の裏口から脱出する。そんな先輩の行く手にワンボックスの車が停まる。


 エドガー「ヘーイ、ジョージ! 乗りな!」


 元スナイパーのエドガー。その一声にジョージ先輩は素早く反応する。そのまま、ダッシュしてガードレールを飛び越えて車に飛び込むのだった。アクション俳優さながら(?)の名シーンであった。


 彼女たち「あそこにいるわ!」


 ジョージ「早く出してくれ!」


 エドガー「ガッテン承知!」


 ジョージ「良かった、これで助かった」


「…」


 しかし、エドガーは黙って車の鍵をかけた。カチャンというロックの音に気づく先輩。


 ジョージ「お前、仲間なんだよな?」


 そして、エドガーは無言のまま車内のテレビをオンにするのである。


 リンチ「初めまして。私はリンチと申します」


 ジョージ「お前らは一体?」


 リンチ「ははは、我々は貴方の構築した帝国に革命をもたらすレジスタンスです」


 そうして始まるジョージの真実である紐活動を紹介する動画が始まる。


 リンチ「この動画をまずは貴方の大株主である亜希さんに送信いたしましょうか」


 ジョージ「やめろ、亜希ちゃんからは毎月16万円ももらってんだぞ。俺を破綻させるつもりか?」


 リンチ「ばらされたくなければ、いいですね?」


 ジョージ「サー、イエス、サー」


 リンチ顧問が知りたい情報は、部屋に立て籠もるメンバーの連絡先であった。これがなければ、他のメンバーの交友関係を洗えない。だから、リンチ顧問はスマホがハッキングできるようにとあるアプリを入れろと命令した。


 ジョージは素直にスマホをエドガーに差し出す。エドガーはスマホを手に取って確認している。その一瞬の隙であった。


 ジョージ「このド畜生が!」


 ジョージ先輩はジャケットのポケットに手を突っ込み、銀色に光るものを取り出す。エドガーはとっさに車を急旋回させて振り払おうとする。ジョージは車内で一回転するほどもみくちゃにされ、後部座席の窓ガラスがバリンと割れた。


 ジョージ先輩の取り出したものは凶器ではない。二台目のスマホである。そのスマホは窓から飛び出し、空高く舞った。そしてそのまま車道に落ちて車に轢かれて粉々に壊れてしまった。


 ジョージ「お前だけは守ってやったぜ!」


 リンチ「今、隠したのは誰だ?」


 ジョージ「教えられないな」


 リンチ「そうか、なら仕方ない。債務不履行だ」


 スマホから一斉に送信されるジョージの真実を綴った動画。たった一人の友を守るために、ジョージの帝国が終わったのである。


 エドガー「もう用済みだ」


 道路に前のめりで放り出されるジョージ先輩の姿。それ以降、ジョージとは連絡が付かなくなったという。




 一方、そのころ…別の所では木下さんが事情聴取を行っていた。


 暗く狭い部屋に小さな机が置かれ、卓上ライトはプレカリを幻惑するように照らしていた。そんな、部屋にメールの着信音が流れる。木下さんの元にリンチ顧問から作戦開始の合図が来たのである。


 木下「さて、始めましょうか。あなたの本名は田中たなかみのる。26歳。貴方は、仲間からはプレカリアートと呼ばれている。間違いないな?」


 プレカリ「やめろ、なんなんだお前。ヤクザか? 頼む。なんでもする。だから、家族は、家族だけは巻き込まないでくれ!」


 木下「家族?」


 一応、弁護士の木下さんは、プレカリの調書を机に一度バシンと叩きつけて説明する。大きな音にびっくりするプレカリ。


 木下「実家はリンゴ農家をしており、都内の大学の経営学部を卒業後に帰省するはずだったが、ジョージに誘われて今のチームに所属。ジョージから伝授されたおねだり術で、数名の女性から数万円のお小遣いをもらうも、彼ほど器用ではないあなたは、アルバイトを転々としながら、都内放浪生活を続けている。間違いないか?」


 プレカリ「間違いない。だから何だってんだ!」


 木下さんはニヤリと笑った。タブレット越しに見る私であってもぞっとする笑いかただった。


 木下「この事実、実家にはばらしてほしくないよな?」


 プレカリ「頼む、親には言わないでくれ」


 木下「大丈夫。お前には今すぐ、実家に帰ってもらう。東京でひどい目にあったと家族には伝える。帰らなければ真実をばらす! お前が東京で行ってきた数々の醜態を」


 プレカリ「たのむ、マジで!」


 木下「なら、おとなしく田舎に帰るね。いいね?」


 木下さんの見せるやさしさ。なんだか不気味で不穏な雰囲気しかしないのである。

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