20 家族だけは巻き込むな


 プレカリは悲しんでいた。実際には悲しんだふりなのであるが、一応実家に帰ると約束したプレカリを東京駅まで送る。そして、丸の内に到着するとドアを開けてこういった。


 木下「このまま真っすぐ歩きなさい。そうすれば新幹線に乗れるわ」


 プレカリはひょろひょろの体でゆらゆらと歩き始める。事情聴取で脅され恐怖に震える演技。しかし、隙をついて振り返って「てへぺろ」という顔を披露した。彼は案の定、逃げるつもりだったのだ。


 プレカリ「俺、お金持ってないから、帰れないわ!」


 挑発。彼にもまたプライドがあった。しかし、振り向いた時、本当の木下さんの恐ろしさを痛感するのである。


 振り向いた時、鼻先をかすめるような距離に木下さんがいて、まるでヒトラーのクローンでも見つめるユダヤ人のような目線を送っていた。


 プレカリ「な、なんちゃって」


 ビビって何もできないプレカリ。


 木下「残念やったな。どうせ、お前みたいなやつは、そんなこと言うやろうと思ってな。もう、あんたのオカンを呼んでおいたのよ。ほんまに残念やったな。逃げられんようにこちらももう手はず整えとるんや」


 プレカリの背後から近づく足音。


 プレカリ母「実。実なのね?」


 そこには、余所行きの格好をしたプレカリの母がいた。プレカリ母は、木下さんに一礼をする。


「弁護士の木下さんですね? 息子の件ではお世話になりました」


「いえ、これが私たちの仕事ですから」


 木下さんは約束通りプレカリの実態を親には報告していない様子だった。


みのる。帰るわよ。話は弁護士さんからよく聞いたわ。東京は怖いところね。時間はかかると思うけど、仕事のことはしばらく考えなくていいから、ゆっくり休みなさい」


 黙って優しい母についていくプレカリ。その去り際に、木下さんはプレカリの腕を掴み耳打ちした。実のところ、プレカリには人に言えない趣味があった。


「あなた、盗撮してるでしょ?」


 その人に言えない趣味の証拠。それをなんと掴んでいるのである。木下さんが懐からスマホを取り出して画像をちらりと見せる。コンセントタップに仕込むタイプの人感センサー付き盗撮機は、犯人が盗撮機を仕掛けて電源が入った瞬間も作動する。その時が、犯行の動かぬ証拠となってしまうのだ。


 それを仕掛けたプレカリ。画像の一枚目に真剣な顔で映っている。そして、玲奈の自宅を利用する男たちの用を足す様子が鮮明に映し出されていた。


「!!!」


「平穏な実家暮らしを送りたければ、我々には歯向かわないことね」


「はい…、もうこんなことは致しません。田舎で身を固めます」


 木下さんは、プレカリの肩をバシッと叩いて気合を入れる。そして、そのまま何も言わずに立ち去ったのである。


 プレカリアート(不安定な労働者)はその後、無事に実家でプロレタリアート(労働者)となったという。




 エドガー「ミッシェル。作戦開始の合図だ」


 とあるナースキャバクラの前に、一台の小さな軽自動車が停まる。そこから、軽自動車を大きく揺さぶりながら大柄の女性が出てくる。ナースの格好であった。


 旅人コーダ。本名は香田専太郎。26才フリーター。柔道やボクシングなど様々な格闘技に挑戦しては、数日で退会するヘタレ男である。旅人と銘打っているが基本的に都内探検しか実績がなく、貧困の調査と称してキャバクラに通い詰めている。ちなみに、父は町議会議員であり、旅人コーダはその跡取りである。そのために、親からお金をもらい東京で勉強していると嘘をついているのだった。


 エドガー「ターゲットの香田は、女性のくびれから足にかけての曲線が特に好きで、酔っ払うと腰を触ったりするために店ではやや迷惑がられている。そして、最近よく通っているのはナースキャバクラである。私はここに潜入して彼を捕縛する」


 玲奈「あっ、それで、ナースの格好を?」


 自撮り棒で撮影する彼女が全身を映し出すようにアングルを変えていく。


 ミッシェル「くノ一と言えば変装。色気をもって敵を油断させて制圧する。私もそれを見習います」


 コスプレしたことで上機嫌なミッシェル中尉。ぴったりしたワンピース型のナース服。その上からでもわかる筋肉のライン。XLLのコスプレナース服を秋葉原で購入(自費)して、これから戦場へ向かう。


 彼女は実にノリノリであった。


 都内某所のナースキャバクラ。アポイントメントは既に木下さんが事情を説明しているため、ミッシェルは裏口から入り込む。政治家の父に頼まれて連れ戻しに来たと話したところ、店のオーナーは快く協力してくれることになったという。実際キャストも嫌がっており、店としては構わないそうである。


 コーダ「今日も来ちゃったよーん! 明美ちゃん」


 ターゲットは時間通りに現れる。明美ちゃんはコーダのお気に入りの子である。コーダと同じく東北地方から上京してこの仕事をしているそうで、ちょっとおっとりした聞き上手な性格で、安産型の体型が彼にとってたまらないらしい。


 ボーイ「いつもありがとうございます。香田さん。明美は今準備しておりますのでこちらでお待ちください」


 コーダ「はいよ」


 ボーイ「そうです、香田さん。今日は金髪ブロンドの新人が入ってきまして、よろしければお話しして感想を言ってもらえませんか?」


 コーダ「え? 何それ、するする! その代わりサービスしてくれよな!」


 ボーイ「はい、彼女とのお時間、お代はいりませんので」


 ボーイはニヤリと笑う。そして、大きな声で「ミッシェル。カモーン」と呼んだ。


 ミッシェル中尉は実戦経験がある。イラク駐屯時には補給部隊員として活動し、銃撃戦も経験。恵まれた肉体により、M2ブローニング重機関銃を一人で担いで運べる。そんな彼女は並みの男性隊員も簡単になぎ倒すほどであったという。そんな彼女が、狭い店の裏から一歩を踏み出すと、床が軋み、並べられているボトルに波紋を残す。


 ズシン、ズシン。不穏な足音がコーダに迫るのであった。


 ミッシェル「ヘーイ、ボーイ!」


 まず、挨拶のハグに見せかけて、近接接近格闘術にてコーダを拘束。声も出さずに店の外へ連れ出してしまう。そして、外に止まっている黒塗りの車に乗せられる。


 コーダ「何だお前は!」


 ???「おい、専太郎」


 コーダ「父さん…」


 コーダ父「貴様、若いから多少は見逃してやるが、キャバクラ研究はそろそろ成果が出た頃だろう。いい加減地元に帰って選挙の手伝いでもしろ。お前も顔を売っておかねば、名前だけでは票は入らんぞ。このクズ息子が!」


 ミッシェル「こちら、任務は完了したしました」


 コーダ父「息子を見つけ出してくれてありがとう。最後に、この金は迷惑料としてお店に払っておいてくれ」


 そうして、車は走り去った。ここに、旅人コーダの長い都内の旅は終わったのである。




 結成したセキュリティーチームは次々に玲奈の家を巣食う謎の紐集団を駆逐していく。




 流浪人ケンジ「おれ、実はまだ東京でやりたいことがあるんだ」


 相手をするのは先ほど東京駅から戻って来た木下さんである。


 長々と語り出す流浪人ケンジ。この言葉の中には個性豊かな仲間に囲まれ、これまで主張できなかった彼の音楽に対する気持ちが真摯につづられていたが、長いので割愛する。


 木下「やりたいことなんて呪いだと思わないのかしら?」


 流浪人「えっ?」


 木下「あなた、私より年上の癖に現実がわかってないでしょ? ここは資本主義国よ。不要なものに価値はつかないの。売れない限り、あんたは永遠のニートよ」


 流浪人「それはそうかもしれないけどさ…」


 木下「歌でみんなを幸せに? 子供か。変な夢見てないで現実を見な。才能が有って努力もしたら、もう少しまともな音楽業績残してるでしょう。曲もなく、歌もなく。ネット見なさいよ9歳の子供だってギターを上手に弾いて作詞作曲して、何万人もファンがいるのよ? それに比べてあなた今まで何してたの? 結局そこにしがみついてないと夢を見ることすら叶わないなら、それは貴方の願望であって、未来の姿ではないの。そろそろ気づいちゃえよ。自分には才能がないって」


 木下さんによる、逆転不能の必殺クリエーターつぶし。しかし、この言葉は危険である。玲奈は直感した。なにせ、正にセキュリティーチームの仲間にも歌で世界を救いたいと語る、いい歳した少年少女がいるのだから。


 ――オペレーション・スマイル。僕らは演奏をそう呼ぶ。世界中の子供たちを笑顔にしたい。だから、僕らは世界を廻る軍に所属し続けている―― アラン大尉(42)


 エドガー「ドント、シュート! ドント、シュート! アイム、フレンドリー!」


 地面に倒れ泡を噴くアラン大尉。


 アラン「頼む。モルヒネをくれ…」


 エドガー「ミッシェル、モルヒネを撃ってやれ」


 ミッシェル「もう、投薬限界量です」※まだ、ナース服のままである。


 エドガー「いや、打ってやるんだ…」


 ミッシェルは隊長が助からないと悟る。


 ミッシェル「隊長。今、楽にしますからね…」


 アラン「おー。もう苦しくなくなった…。大丈夫。楽になって…」


 ミッシェル「隊長…。うぅ…」


《やっぱり木下さんがフレンドリーファイアしてる(歓喜)》


 リンチ顧問「さて、次はいよいよ本丸ですな」

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