21 弁護士と居候の法律バトルじゃないのかよ!


 木下「自由人メイコ。本名、鈴木幸子。こいつはかなり図太い神経のようね」


 銀座のビルにあるレンタル会議室。そこから望遠鏡で部屋を覗くと、まるでかかってこいとでも語り掛けるようにメイコが中指を立てるポーズをしていた。※この時、メイコ自身は何もわかっていない。暇なので決めポーズの練習をしていただけである。


「メイコ追放作戦で大事なのは、玲奈の追い出そうという意思よ」


「そんなん、可哀想…。メイコちゃんが望むならルームシェアでも良いよ」


 この発言により、木下さんのテンションがダダ下がりしたことだけはよくわかった。


(あっ、これは、怒らせてしまった…)

 

「いい玲奈。あんたそんなんだから付け入られるのよ。そろそろ迷惑だからお人よしはやめてほしいんだけど?」


 ピリリと張り詰める空気。普段ならこのまま木下さんから小一時間は説教を食らう。しかし、セキュリティーチームの二人が言ってはならない本当のことを言う。


 ミッシェル「クライアントにも噛みつくミス木下って恐ろしいわね。嫌いじゃないけれど」


 アラン「いや、むしろそんなだから法廷闘争ではなくこんな仕事に回されたのでは?」


 木下さんが黙った。


 やっぱり、弁護士と言えば花形は裁判所で競い合う姿をイメージするよね。木下さんも昔はそんなこと夢見ていた気がする。でも、実際どんな仕事もそうだけど、弁護士って泥臭い仕事だと言うことである。


 玲奈「アランさん、今のはダメです。木下さんってエスだから。諸刃の剣なの」


 そして、木下さんは顔を赤らめ、少し涙目で答えた。


「アラン! 今のは痛かったぞ! 私の心に刺さったぞ! めっちゃ刺さったぞ! しゅーん」


《いじけてる…かわいい》


《こっちでも諸刃の剣でよかった…》


(木下さん、やっぱり毎回こんな感じなのか…)


 木下「ところで玲奈。一つ聞いていい?」


(あ、これ絶対何か悪い話だ)


 木下「その、画面に流れるコメントは何?」


 ギロりとした目付きで見下ろされ、うろたえる左衛門とリンチ顧問。


《俺たちに気づいた(歓喜)》


 左衛門「はい、この様子は未来で生中継しておりますよ。表示されるコメントもリアルタイムです」


 木下「ふーん」


 それ以上何も言わないけれど、木下さんは絶対納得していない。彼女はものすごく人を見下すような目付きだった。絶対に私たちは頭おかしいやつだと思われている。




 ともかく、その後すぐに作戦は開始された。


 私の持っている鍵で部屋まで難なく侵入すると、メイコは普段通りおしゃれをしないラフな格好で出迎える。


 日中の陽の光が後光のようである。メイコはロングソファーの真ん中に胡坐をかいて座している。その様子は正にラスボスであった。


 メイコ「他の奴らはどうしたの?」


 メンバーの行く末について聞くメイコさん。それを彼女は笑いながら聞いていたのだ。


 メイコ「いい気味だね」


 仲間に対する思い入れは特にないらしい。


 木下「埒が明かないから私から言っていいかしら?」


 メイコ「お、やっと出番やね、弁護士さん」


 ここに、弁護士木下さんと、法学部で留年を続けるメイコさんの戦いが始まる。


 メイコ「それじゃ、まずは弁護士さんの要求を聞いてみようか?」


 木下「ここから出て行け」


 メイコ「まぁ、簡潔な要求。それじゃ、今度は私の言い訳タイムだね」


 まず、メイコはこの部屋にいて良いと家主本人である玲奈が言っていたと主張。ルームメイトだからと口約束ではあるが居住の権限を得ているとも供述する。つまり、この約束がある限り、今後も居座ることが可能であると主張するのである。


 木下「ちょっと待った」


 そもそも、当初のメイコの主張では次の家が見つかるまで居たいと願い出ておりこれは居住ではなく宿泊の約束であると主張。更に、次の居住地を見つけるという行為の実績がなくメイコには居住地を探すために不動産を探した履歴や活動実績がないため、これは居候を決め込んだ言い訳であると指摘。


 メイコ「なるほどなるほど、確かにそうかもね。それで?」


 木下「迷惑だから出て行きなさい」


 メイコ「それで、玲奈ちゃん的にはどうなの? 私、ここにいちゃいけない子?」


 私は、はっきりと自分の意見を述べることにした。


 玲奈「そんなことないよ。ただ、ルームメイトなら家賃は払ってほしい」


 この発言でメイコはニヤリと笑った。


 メイコ「そうだよね~。ということなんですわ弁護士さん。後は私たちで決めますのでお疲れ様です~」


 木下「残念ね。あんたは気に入らないけれど、実は私の仕事はあんたと新しい賃貸契約を結ぶことなのよ」


 メイコ「ほ~」


 メイコの思惑は簡単である。やかましそうな弁護士さんに説教されながらも契約をして、後でお金がないなら玲奈から借金すればいい。どうせ払う気などないけれど。


(くくく、お人好しのお嬢様なんてただのカモだぜ!)


 木下「玲奈が言うなら仕方ないからシェアハウスの契約を交わしましょうか」


 少し諦めた様子の木下さん。


 メイコ「玲奈ちゃん。できれば、まけてくださいな。私、彼氏にDVされて出てきたので」


 玲奈「うーん、家賃は折半で」


 メイコ「いやいや、家主の方が強いんやから1:9とかでどうでしょうか?」


 玲奈「この前みたいにお友達呼ぶなら4:6くらいやないと…部屋に鍵もいるし」


 メイコ「なら、誰も呼びませんから2:8でどうでしょう?」


 玲奈「間をとって3:7ならええよ」


 メイコ「もうひと越え!」


 玲奈「うーん、木下さん。3:7でお願い」


 メイコ(思っているよりこの女しょっぱいぞ…)


 木下「それじゃあ、その金額で行きましょう」


 メイコ(まあいい。勝ったなガハハハ)


 木下さんは契約書類をちゃちゃっと仕上げて、携帯型のプリンターで印刷する。


「それでは、契約内容を確認します…」


 メイコは途中まで穏やかな気持ちで契約内容を聞いていた。なにせ、どうせ踏み倒すつもりのお金の話であり、いくら積まれようと関係ないと思っていたのだから。


 木下「で、敷金は一か月分で家賃一か月分は、この部屋に住むにあたって先払いをお願いします」


 メイコ「ええよ、いくら?」


 30万くらいなら、キャッシングでもなんでも…と思っていたらしい。


 木下「合計で144万円よ。今すぐ出しなさい」


 メイコ「そげん馬鹿なことがあるか! 法外な家賃にもほどがあるで」


 実際、メイコが思っていた家賃の4倍近い金額。とてもすぐに用意できない。だが、メイコは冷静にびっくりしたふりをした。そして、玲奈の前で土下座をして。


 メイコ「お願いします。このままでは家がなくなってしまうんです」


 絨毯の上には乗らず、体を小さくまとめて、床に頭をつけて、それはそれは見事な土下座であった。メイコからすれば、そもそも自分でお金を用意する必要などないのだ。全てこの甘っちょろい家主から借りて、全て踏み倒せばいい。


 玲奈「お金がない理由はなに?」


 メイコ「仕事です。仕事がないんです。仕事さえあれば何とかなるんですが、今家を追い出されると仕事もできまへん。だから、ほんまたのんますわ!」


 玲奈「今、いくらなら持ってる?」


 メイコ(来た! この質問)


 メイコは待っていた。有り金を全部はたいて出したというアピールをするために、あらかじめ体の各部に仕込んだ小銭やお札を貧乏人のごとくこそこそ取り出して、差し出す。


 それを拾い集める玲奈。


 玲奈「1万3603円か…足らんね」


 メイコ「お願いします、家の仕事ならなんでもしますから」


 もちろん、メイコはそんなことをするつもりは毛頭ない。やると言ってやらない。返すと言って返さない。負債はどうせ自己破産で何とかするので、積むだけ積む。それが人の恩情に甘えて生きる居候ポリシーである。


 玲奈「それなら、木下さんの言う通りするしかないね」


 メイコ「え?」


 木下「これで廃品回収の高橋さんも喜ぶわね。ウィンウィンね」


 メイコ「え? え?」


 これは、木下さんと私の約束であった。もし、メイコさんがお金を持っていない場合は、仕事付きの部屋を提供するということ。


 木下さんは事前に私こういった。ルームシェアという一見すると楽しそうな居住形態も、実はトラブルが多く、特に家主の権力が強いため、一緒に住む人たちは家主に委縮するようになる。


 木下「住んでいる人がみんな、貴方のお伺いを立てて生活するようになるの。まるで独裁者のように!」


 玲奈「そんなんいややわ。でも、どうすればええん?」


 木下「ひとまず、ルームシェアは絶対やめた方が良い。特にメイコが金を持っていない場合はプランBを提示しなさい。これは私との約束よ」


 木下さんはそうして、こうなった場合の契約書に印を求めたのだ。商人にとって契約は絶対である。だから、玲奈は木下さんとの契約通り動くのだ。


 結果、都内の下町にひっそり佇む廃品倉庫。その隣に作られたプレハブ造のアパートがメイコの新居となったのである。


 玲奈「メイコちゃん。これでお仕事も、住む部屋も一緒に確保できたね。良かったね」


 木下「さぁ、アラン。早速ご案内して差し上げて」


 メイコ「え、ちょっとまって。弁護士と法律バトルす流れじゃないの?」


 木下「あぁ、私、法律のはなしうっうとしくて嫌いなの」


 メイコ「なんで弁護士やってんねん。いやだ、この綺麗な部屋が良い!」


 メイコは咄嗟にアランの腕に噛みついて拘束を解こうとするも、さっきまで陽気だったセキュリティーたちが急に真顔で戦闘態勢に入った。メイコはその様子を見てやばいと思い。瞬時に観念することにした。


 メイコ「玲奈。最後にお願いなんだけど、三毛にご飯をあげるのを忘れないでね…あの子、人見知りだから…」


 去り際に、メイコは猫の心配をする。


 玲奈「え? ミケちゃん人懐っこいと思うけど?」


 メイコは去って行った。


 木下「玲奈、ようやく取り戻したわね」


 玲奈「ありがとう、みんな…」


 アラン「いや、まだ一人か二人残ってないか? クリアリングしよう」


 隊長の実戦経験からなのか皆は急に部屋を探し始める。そして、


 アラン「やっぱりいた」


 体育座りのまま服を引っ張られて出ていくやせ形でひょろ長い男。ちなみに、彼はみんなからネオニートと呼ばれている。競馬やボートに投資してお金を稼ぐ仕事をネオニートと言ってよいかはちょっと微妙だけれど、彼は特に抵抗することなく部屋の外に連れていかれる。


 コンコン


 窓を叩く音。これは、この部屋の猫先輩。メイコさんはミケと名付けていたので、私もミケと呼ぶことにしよう。ちょっと、ぽっちゃりした猫だけど、やっぱりお腹が空くのは可哀想である。私はツナの缶詰をお皿に開け、ベランダに出かける。


「ミケ?」


「にゃ~」


 ずいぶんと低く濁った鳴き声だった。何か調子が悪いのだろうか? しかし、ベランダに行ってもミケの姿が見えない。


「にゃ~」


 上から声がした。面倒だからっておりてくればいいのに! そう思いながら私は上を見上げ、自分よりもずっと大きなシルエットを確認する。猫ではない。人間だった。


「キャァァァァーーーーー!」


 ガシャン。慌てたせいで皿を割ってしまう私。


 猫のふりをした男の人。本名は三毛谷恒造。42才で住所不定無職である。メイコさんが飼っていたのは猫ではなく自称、野良人であった。


「どうした!」


 慌ててやって来るセキュリティーチームたち。


「まだ一人いたぞ! 屋上だ! 確保しろ」


 とにかく、私の平穏はこれで帰って来たのである。

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