第05話 友情、努力、課金!
18 金の力
今回の放送はヨミチューブ初の試みである。過去と未来の同時中ライブ放送。だから、私はタブレットで自撮りしながら左衛門たちとトーク番組をするのである。
「これまでの過去、幾度となく経験した私が言います」
番組は左衛門のアップ画像から始まる。そんな彼が力強く語る。
「母さんは正攻法なんてやめた方が良いんです。おとなしくセキュリティーと弁護士を雇ってさっさと部屋を奪還するほうが良いんです」
「せやな。そう言うのは、脱がせるよりもっと早く聞かせてくれはるか」
母である玲奈に様々な訓練を施した結果として左衛門が導き出した答え。それはお金に頼って、元軍人のセキュリティー三人と弁護士一人を雇い、銀座の部屋に突撃することであった。
「金の力こそ母なるパワー」
《ざわ…ざわ…》
《来る。きっと来る! あの人が来る!》
《弁護士だって? 玲奈ちゃんはまた死体蹴りされるの?》
《フレンドリーファイアの人が来るのか!?》
という、不穏な言葉が並ぶのである。そして、チーム編成は次の通り。
護衛係となるセキュリティーチームの3人は元軍人であり世界の紛争地で活動してきた歴戦の兵士である、リーダーのエドガー大尉。元スナイパーのアラン中尉、マッスルガールのミッシェル中尉である。
「ミス・レーナ。貴方の安全は我々がお守りします。お任せください」
「よろしくお願いいたします」
という、とても頼もしい人たちである。毎日ブートキャンプで仕込まれていそうなほどめちゃくちゃガタイが良いし日本語が上手である。
そんな、彼らには軍役の傍らで、些細ながらずっと見ていた夢があるそうだ。
「どんな夢なん? 良かったら聞かせてよ」
「それでは、ミス・レーナのお言葉に甘えて」
三人は息を合わせ、謎のポーズを取り始める。
オペレーション・スマイル。彼らは自分たちの演奏をそう呼んでいた。世界中の子供たちを笑顔にしたい。だから、彼らは世界を廻る軍に所属していた。
「戦争だけが軍人のすることじゃない」
「そういうメッセージを世界にアピールしたい」
そして、そんな感じの暑苦しい動画の再生が始まったのである。熱心に動画を作ってくれているのは素晴らしい。若干怪しいけれど日本語訳字幕もちゃんとついている。だけど、私は動画の再生時間を気にしていた。
(30分もあるんか…)
長い、愛想笑いしながら興味ない動画を見続けて、眠らずに起きていられるかわからない。けど、頑張るしかない。そう思っていた。けれど、もう一人。この場に人がいる。私が雇った弁護士が彼らに物申す。
「倍速…。いや、5倍速にしてくれない?」
《木下さんキタ!》
彼女は、
そして、彼女はすごい人。私にはとても言えないようなことをはっきりと言ってしまうような人である。
純真なアメリカ人が作った社会貢献の動画を見たら、日本人的にはちゃんと最後まで動画に付き合ったうえでお世辞を言うのが普通だと思うけど。木下さんはそんな常識にはとらわれない。なんと、彼女は、彼らに対して正面切って言うのだ。
「つまらなそうな動画だから早く進めて」
と、それもいかにも退屈そうな表情で、足を組んだ横柄なポーズで言う。態度も言葉も心もこもった、さっさと終わらせてほしいオーラ。
アメリカ軍人でガタイの良い3人が割とびっくりして空気読み始めるくらいには強烈な木下さんの態度であったと言える。木下さんは、とにかくはっきりしているのだ。
そして、動画はおおじさんたちの大好きなロボットより早い5倍速で進む。
ただ、ちょっと面白かったのは子供たちの実際の声である。
少女P「軍人さんは嫌いじゃないわ、でも貴方の歌は嫌い。一週間剃っていないパパのひげと同じ感触がする」
少年L「今どき、そんなテーマで僕たちは喜ばない。僕たちを引き付けたいなら軍人が忍者よりすごいって証明してよ」
木下「子供って残酷ね」
全く包み隠さない率直すぎる子供たちの意見。木下さんもここには笑っていた。笑うのだけど、彼女の目はいつも半開きで死んだようである。
ちょっと、お茶目なセキュリティーと沈着冷静な木下さん。私を守るのはこんなチームである。
また、同時ライブ中継中の左衛門スタジオにも助っ人がいる。
「オンラインでのご挨拶で申し訳ありません。リアルワールド&オンラインセキュリティーアドバイザーのリンチです。軍事顧問をしております」
タブレット上に映し出される、左衛門とリンチ顧問。二人とも同い年くらいだろうか。その二人と木下さんの目が合い、しばしの沈黙が続いた。それからようやく木下さんは小首を傾げ始める。
「玲奈、この二人のおじさま方とどんな関係?」
(なんて、答えづらいことを…)
「それは私が説明しましょう。初めまして。
(未来人ってこと、隠さないんだ…)
驚くポイントであった。なんとなく未来要素は秘密にすべきだと思っていたから。タイムパラドックス的な何か起こったり、秘密にしなきゃと勝手に思ってた。けれど、別にいいらしい。考えてみれば彼らは、確定した過去は変えられない程度の未来人である。だからこそ、私はヨミチューブで広告費を稼ぐという回りくどい方法で借金返済を手伝っているのだった。
けど、そんなこと割とどうでもよい状況になってしまった。
もっとずっと深刻な状況とは、横目で私を見る木下さんである。直視はできないけど、私のことをゴミを見るような視線で見ていることはわかる。
今はとにかくブレットにうっすら反射する木下さんの横顔が怖かった。
もの言いたげな木下さんを誰も見ないのは、彼女がそれほど恐ろしかったからである。なんでもはっきりと言い放つ彼女が、閉口し言葉もくれない。
「ふーん」
長い沈黙の末に木下さんは状況を呑み込んだらしい。絶対、勘違いしていると思うけどここは弁明をすればするほど墓穴を掘る場面だと思う。だから、私は何も言わなかった。なのに!
「ちなみに、私と母さんは変な関係ではありませんよ?」
(左衛門、お黙りなさい! もしかして左衛門っておバカな子?)
木下さんがより厳しい表情をしたのは言うまでもない。
さて、チームの自己紹介も終了し、早速契約をはじめることになった。我が家の奪還作戦である。
木下「ほら、玲奈。貴方が言うのよ」
玲奈「えっ、私ですか?」
木下「貴方がクライアントなんだから、合図してよね」
木下さんにせっつかれて私は渋々この掛け声を言うことになる。
玲奈「そ、それではこれより『ザギン・シースー作戦』を開始します」
セキュリティー「我ら勝利の先に『寿司』あり。ガンホー、ガンホー、ガンホー!」
筋肉の熱量。会議室からあふれ出るような掛け声。そして、めっちゃ恥ずかしい作戦名。
リンチ「さて、まずは、グループのとりまとめ役であるエンジョイ・ジョージに帰宅していただきましょうか」
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