33 クズなお前を完全論破!


 ジョージは新たなひも経済圏けいざいけん構想こうそうと称してリュートに説明を始める。従来の恋人のいない女性会社員6人程度から毎月5万円ずつお小遣いをもらう紐経済システムは費用対効果に優れる半面、非常にリスクの高いビジネスモデルで、特に切迫した女性相手には2年程度しか適応できず常に新しい獲物を探し続ける必要があった。


 そして、紐活動が発覚した時のリスクが高く、情報は非常に制限する必要がある。経済規模の限界は同時になんまたかけられるかで決まるため、経済規模の制約が大きい。しかも、搾取さくしゅできる顧客単価は運次第。これがリュートの伝授した古典的こてんてきひも経済けいざいモデルである。


「だけどな、俺たちは大物狙いじゃダメだと思ったんだ!」


 ネアンデルタール人がしてきたナウマンゾウで一攫千金いっかくせんきんを狙うよりも、ホモ・サピエンスがしてきたように小さな動物をちまちま狩るほうが実はずっと安定的な生活が得られる。進化、それは地味だが生き残るために大切な前進のことを言う。


「つまりなんだ?」


「それこそがライブだ!」


 まず、モデルは単純。同じ仕事をする工場のお姉さま方200人程度から毎月2回のライブで2000円のお小遣いをもらい、一か月で40万円を売り上げる。ライブには場所代や機材などの経費もかかるので、それらを差し引くと二人で30万円くらいのライブ収入ができる。


「だが、ジョージそれには弱点があるぞ!」


「ああ、言いたいことはわかる」


 音楽活動の悲しい側面は常に顧客を喜ばせ続けなければならない部分にある。最初は顧客が200人いたとして、飽きて途中で離脱する人もたくさんいるだろう。


「実はそれは織り込み済みなんだ!」


 ジョージは自信満々な表情で続きを語る。このビジネスモデルは市場となる工場を簡単に移動できるんだ!


「俺たちは細かく活動拠点を移動して全国の工場を練り歩いてるんだ!」


「移動する? そんなことをしたら、また一から顧客を探さなければならないだろう」


 とある食品アルバイトのミュージシャンは同じ会社の食品工場を転々と練り歩き、その場所その場所で毎度市場開拓をしているのである。


「俺には、それこそハイリスクに見えるが?」


 いぶかに見るリュートに対してジョージはスマホの画面を見せる。チャネル登録者数10万人を超えそうな音楽チャンネル。作業着姿のミュージシャン。エンプロイー・ジョージ&ケンジの姿であった。


「最初は当然こんなにうまく行かなかったさ。でもな、ここの食品会社は全国に工場がある。そこで働くミュージシャンのチャネルがあるって言って動画を作ってすぐに1000人くらいアクセスがあったんだ」


 これは、特にライバルの少ないこの地方工場独特の紐経済モデルで、暇を持て余し、ワイドショー見るかパートに出かけるかというつまらない人生にささやかな楽しみを求める人たちに向けたピンポイントなビジネスモデルである。俺たちは、そのささやかな楽しみを提供しているに過ぎない。


「楽曲はどうしている?」


 リュートの質問を聞いてメイコは思い出した。「吟遊詩人」リュートはジョージのバンドでは作詞作曲担当だったのである。


「もちろん新曲もあるよ。今の食品会社に作ってもらったやつが。だけど、ぶっちゃけカバーのリクエストが多いかな。正直、作詞作曲なんていらない。懐メロとか歌ってファンサービスをちょっと頑張ればそれだけでこんだけお小遣いもらえるんだぞ? 過疎った町にこそ可能なビジネスモデルで、過当競争の続く東京ではこんなこといくら頑張ったって誰もお金なんてくれなかった。なのに、地方の町は違う。俺の歌声をちゃんと聞いてくれるし、ファンもしっかり増えて行くんだ。毎日、楽曲の練習はいるけれど、なんと言うか俺たちのやりたかったことってのはやっぱり演奏えんそうであって、それで人を楽しませることなんだなって思っているんだ!」


 見たこともないほどキラキラと輝くジョージの瞳。ずっと探していた人生の未来みらい予想図よそうずとはちょっと違っていてもジョージが求めていた夢に迫る喜び。これこそが自分の生まれた意味であり、ほとんどの人がつかむことのできない歌による喜びの提供。それを今実現したジョージの目が輝いていないはずがない。


 バシーン!


 キラッキラッに輝く瞳のジョージの頭に強い衝撃が走った。


「ん? 今殴った?」


「いや、殴ってない」


「そうか、それでだな…」


 ジョージは今後の展望についてもまた目をキラッキラに輝かせて語る。もう、彼は多少の苦痛では、挫折ざせつしたりしない。そんなジョージを見つめるリュートは、もう一度右手の拳を握った。


 バゴン。鈍い音とともにきついストレートがジョージの顔面に入る。


「な、なに?」


 鼻血を出しながら、それでもジョージはニコニコしていた。今までの人生でもそうだったのだが、ここぞと言うときジョージは滅茶苦茶めちゃくちゃ女々めめしい。隣で見ているメイコは形式的にはリュートの側についてはいるが、ここでジョージが本気で怒ってリュートを倒してはくれないかと期待していた。しかし、


「いや、お前らしい祝福だな。あははは」


 と、笑ってごまかすジョージにメイコはため息しか出なかった。


「このくそ馬鹿野郎!」


 リュートはジョージに向かってもう一撃を加える。


「痛い! えぇっ??」


「何が新紐経済圏構想だ! 目を覚ませ! 目が覚めるまで殴ってやる」


「ちょっと待てよ、お前だって新しい紐経済モデルの構築には賛成だったじゃないか! 何がいけないんだって?」


「ジョージ。今、お前がしていることに価値はあるか?」


「もちろんあるさ! 確定申告して税金だって納めてるんだ!」


「ふざけるな! 財務省と国内総生産(GDP)に貢献してなにが紐だ! 笑わせんじゃないぞ!」


 もはや、ジョージの理論など関係なしに、無言でジョージに殴る蹴るの暴行を続けるリュート。ドカ、ボコ、バシーン。


「うぅ、やめてくれ…」


 顔面鼻血まみれのジョージ。それをまだ殴ろうとするリュートの腕をメイコが制止する。


「ほら、リューちゃんその辺にしなさい」


「ふん、まぁいい。うつつを抜かしてないで、今から俺らに協力しろ」


「いや、待て! 今日はライブがあるんだ! せめて明日からな?」


 リュートはもう一度拳を握る。


「ひぃぃ!」


 根負けしたジョージは顔を真っ赤に腫らした状態でぐったりとし、また東京に戻ることになる。そのまま引きずられて行くジョージ。


 ちょうど、プレカリの借りてきたミニバンが現場に到着する。


「ファンのみんな、ほんとごめん…」


 涙を流すジョージに付き添う形でメイコが後部座席に乗り、ジョージに声をかける。


「ジョーちゃん。今のは殴り返せよ。男だろ」


「うぅ…。今どきそういうの言わないだろ…」


 メイコは、改めてジョージの情けなさと、リュートのヤバさを思い知るのであった。


「さぁ、帰るぞ。東京へ!」

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る