04 未来息子に問う。お前は何をしに来たのか?
すりにあってお財布が空っぽになった飲み会の後である。私はトコトコと人通りのなくなった東京の町を歩いている。
渋谷から銀座は考え事をしながら歩くとあっという間の道のりである。部屋に到着して靴を脱ぎ棄て、すっかり焼肉の臭いが付いた新品のフレッシュマンスーツを脱ぎながらお風呂場へ直行して。今日の疲れを洗い流す。今日はもう、ココアでも飲んで寝ようと思う。
(また、今夜も左衛門に会えるだろうか?)
嫌なことがあって、でも東京に来たばかりで相談できる人もそんなにいなくて、やっぱり事情を知っている人に相談すべきだよね? だって未来人だもん。それに、一度目はすりにあってしまったけど、左衛門ならタイムスリップして過去を変えさせてくれるよね?
そう考えると、気持ちが楽になった。
布団にもぐり、目を閉じるとまもなく、夢と未来を繋ぐテレパシーの世界へつながる。二回目の通信は前よりも
繋がった先の空間。そこには青い空と緑色の
「お入りください」
というメッセージがドアにつるされている。ちょっと緊張するけれど、引き戸を引いて足を踏み入れる。応接室にさっきのアシスタントの瀬川さんがいて、ソファーで待つように言われる。ガラスの向うには正に撮影中の左衛門がいた。
「スピーカー入れますね」
アシスタントさんがボリュームを上げるとスタジオの声が聞こえてくる。教養バラエティ番組的で
(左衛門、ここのオーナーなんやね。ちゃんと稼いではるんよね?)
小さなモニターの並ぶスタジオ。そこでアシスタントの瀬川さんが時間を気にしながら適宜、左衛門や彰さんに指示を出し収録を進めている。パタパタ式の表示機(反転フラップ式案内表示機という文字の書かれた板がパタパタと回転して数字や文字を示す)に表示される数字には同時アクセス数と書かれている。ここから推測するに、これはきっと生放送なのだろう。
配信動画もテレパシーまであるような時代だと個室とか会議室ではなく、こんな豪華なセットも使えるんやな。そうして私が目の前の様子をぼんやり眺めている。辺りをぐるりと見渡していたら、私は左衛門と
「ん?」
「そして、今日もまたゲストとして大学生時代の玲奈さんにお越しいただいております」
そう言って、にっこりと笑う彰さん。
「えっ? 私出演するん?」
そんな話、私は聞いていない。今は正直、落ち込んでるから
だけど、アシスタントの瀬川さんは優しいほほえみで私の手を引いてそのままスタジオの中に向けて背中を押す。
「えっ! ええっ!!」
私は、このまま背中を押され、スタジオに入っていく。今、見るからに生放送中だよね? 私なんかが入って行っていいんですか? 映像
「玲奈さん。昨日と違ってちょっと緊張していますか?」
「は、はい。昨日は夢やと思ってはりましたから」
「なるほど、それで、今の気持ちはいかがですか?」
「今? えっと…」
困惑する私。私は一体ここに何をしに来たのか? 確か、相談だったような…? でも、何の相談だっただろう?
彰さんは私の太ももを人差し指でつつく。
「?」
そして彰さんの人差し指がカンペの方向を示した。私は、書いてあった内容を読み上げる。
「あ、はい。残念ながらすりにあってしまい悲しい気持ちです」
そうだ、私はこのことを相談しに来たのだった。緊張して忘れていたけど思い出せた。しかし、さすが未来人。私の考えていることはやはりお見通しなんやな。
(ということは…悔しがっていれば過去に戻ってやり直させてくれるんやな?)
玲奈「せっかく左衛門がすりのこと教えてくれはったのに、私がなんもできひんかった。それが悲しくて帰り道ではずっと悩んではりました」
彰「そうですよね。私もあの状況だったら何もできなかったと思います」
玲奈「せやんな」
彰「もし、玲奈さんがさっきの状況やり直せるとしたらどうしますか?」
(来た、この流れ。待っとったで!)
玲奈「今度こそは大声出すか、起きてすぐにトイレに逃げようと思います」
彰「といういうことですが左衛門さん」
左衛門は腕を組んで深く静かに息をした。
左衛門「そうです。それを
(今度こそ母さんやったるで!)
彰「はい、玲奈さんはこの反省を生かして今後はより強く生きてくださいね。では、次のコーナーです」
玲奈「ん?」
ちょっと待って。ここで、過去に戻ってやり直すイベントは? そういう流れやないん?
彰「玲奈ママに質問コーナー。新入生だよこれからどうする?」
左衛門「視聴者の皆さんは大学生活。懐かしいですかね? それともこれからですかね?私もいい思い出が多くありました。なので、ここからは…」
スタジオの雰囲気は私が思っているのと全然別の方向にぐいぐいと話が進んでいく。
これは番組を盛り上げる何かのサプライズかもしれない。もしや、セットの壁が割れてタイムマシン出現するのかもしれない。あるいは床からドーンと出てくるとか?
そんなこと考えていたら私のしゃべる番がくる。
彰「20才男性からの質問です。これからの大学生活では何がしたいですか?」
玲奈「せやね、私は誰かのためになる人間になりたいですね。ちゃんと自立して…」
《いやいや、玲奈ちゃんってなんだかんだ毎回自立しているよ?》
《それどころか、左衛門含めいろんな人食わせてるから心配ないんじゃない》
(それ、どういう意味や!)
彰「高校生の女性からの質問です。玲奈さんは学内恋愛興味ありますか?」
玲奈「もちろん。ほんでな、私気になる人がおるんよ。隣の学科やからしゃべったこともないんやけど…」
《あ、察し…》
《顔で選ぶのマジでやめた方が良いんじゃない。玲奈ちゃんに限っては特に》
(さっきから、未来人のコメントが意味深すぎる…)
流れに従って質問に答えていくが、過去に戻るという雰囲気は一向にこない。今の私は未来よりも過去に固執しているのだ。やはり、未来は自分で切り開くしかないんやな?
彰「それでは、次の…」
「あの、コーナーの途中でいきなり申し訳ないんですがお願いします!」
私はソファーから立ち上がり、深く頭を下げた。
お父さんは言う。お願いごとをするときは「誠心誠意」が見た目からでもわかるようにしなさいと。それを私は人生で初めて実行したかもしれない。
「お願いです。今回だけでええから過去に戻ってやり直させてください!」
私は更に深々と頭を下げてお願いする。
「母さん、別にすりのことを気に病むことはありませんよ」
「いや、私変わらなきゃいけないと思うねん。そのきっかけにしはりたいん。せっかく左衛門にアドバイスもらったのに、チャンスをみすみす逃すなんて失礼やったとおもってはるんです」
「まぁ、後悔することは構いません。ですが、後悔先に立たずというでしょう?」
「それでも、お願いします!」
ここでやり直さないと、私はダメな人になる。だからこそ、チャンスをください。そういう思いで頭を下げ続けた。左衛門も困っているようで沈黙が続く。簡単には過去にいけないらしい。しかし、これは立派な交渉。ここで相手の顔を覗き見ては覚悟が疑われる。だから、顔を上げてはいけない。
沈黙。それに続く沈黙。そして沈黙。体感3分くらい沈黙。頭を下げる身としては沈黙が長すぎると不安がこみあげてくるものである。
「…」
だから、結局。私は頭を下げたまま目線を動かして周囲の状況を確認しようと思った。ちょうど頭を下げていても見えるものがある。視聴者コメントの表示されるモニターである。
《左衛門。過去に戻れないこと説明してあげて。この玲奈ちゃんには説明忘れてますよ》
「ん?」
過去に戻れない? 戻って来てはるやん? 私はそっと顔を上げて左衛門を見た。
「もしかして、過去を変えられへんの?」
「はい、タイムリープマシンは過去に戻る装置ではなく、時間の異なるパラレルワールドを繋ぐ装置です。つまり、母さんの確定してしまった過去を変えることはできません」
「へ? パラレル?」
「はい」
例えば、今から一時間前の私にアクセスはできる。しかし、変わるのは1時間前の世界線に住む私の人生。同姓同名の別人であって、その人の運命を変えても私の手元に7万円の現金が帰って来るわけではないのだ。
つまり、私の確定した過去はもう変わらない。それだけ理解すればいい。
そう聞いてこれまでの緊張が一気に解けてしまった。だからこそ、こんな失礼なセリフがこぼれたのかもしれない。
「未来人なのに過去を変えられへんとか、あんた何しに
「いや、あの、その…」
めっちゃ、困惑する左衛門。
《玲奈ママの未来人に対する酷い
《初めてのパターンに左衛門困惑。左衛門かわいい》
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