02 未来息子の登場


 夢を深めるヒーリングミュージックはどんどん強まり優しく柔らかいミュージックが私のたましい鷲掴わしづかみにしてぐいぐいと奈落の底に引きずり込んでいく。


(いや、ちょっと強引過ぎるのはやねん!)


 そして、気づいたとき、目の前にいたのは優しそうな笑顔のジェントルマン。


「ようこそ、過去と未来のマージした世界へ」


 そのジェントルマンは理想のパパランキングとかに入賞していそうな、渋めのイケオジさんである。この人が息子なら、私絶対イケメンと結婚したやん! 私はそれだけでテンション上がるのである。


「聞こえていますか?」


「は、はい」


 これがテレパシー。未来の技術である。


 でも、その割には様子がおかしい。宇宙船やら謎の光るオブジェやらホログラムによる人の像とは一切ない。あまり未来っぽくないこの雰囲気。


 それどころか、ここは木造平屋建ての空間。懐かしさすら感じる場所である。言ってしまえば昭和ドラマの空間である。まず目についたのは貸衣装としてドレスが一着飾ってあること。壁の一つ一つが違うセットで構築され、おとぎの国だったり洋館の一角のようだったりと撮影セットが用意されていること。


 そして、既に絶滅した箱型の大きな写真機。昔の写真に必須だった緑のフィルムと使い捨てカメラが小さな商品棚に並ぶ。この独特な銀塩ぎんえんの臭いは子供のころに父と体験した写真の現像薬だろう。


 昔のカメラにはこういうフィルムが入っていて…。という平成生まれをバカにした説明を私は何度も聞かされたことが懐かしい。


 とにかく、ここは昭和の写真撮影スタジオのようであった。


「いい雰囲気でしょう?」


 キョロキョロと見回す私にジェントルな彼が問いかける。


「はい。とってもレトロで可愛らしいです」


「気に入っていただき何よりです。紹介が遅くなりましたが私は未来からやってきた貴方の息子です。衛門えもんと申します」


「はい、初めまして。私は東金玲奈です」


 自己紹介。そして、彼はやはり私の息子。予想斜め上の方向でずいぶんいい歳のとり方しているけれど。


「不思議な気分になるかもしれませんが『母さん』とお呼びさせていただいてもよろしいですか?」


「あ、はい」


 なんと、未来の息子が私に会いに来た。息子は今年で56歳。お父さんより年上で、さながらパパ系息子である。


「あの、できることなら衛門えもんはんの子供姿も見てみたいんやけど…」


「ふふ。そう言うと思っておりましたので、もちろん用意してますよ。どうぞ」


 私が何を考えているか予測されてしまった。さすが未来やわ。


「かわいい! ちょっと、元気な男の子って感じ! あと、目元が私に似てるんやね!」


 子供のころは少しぽっちゃり気味だったけど、そこからトレンディー俳優みたいに成長した息子を見ると、私の人生はこうなる。イケメンと結婚して可愛い息子を出産し、無事に育て上げ、女として成し遂げた。今の私はプチおかん気分である。


「私のことは左衛門とお呼びください。息子なのでさん付けはいりません」


「ええんやね? なら左衛門は私のところに何しにはったん?」


「いい質問ですね。目的はもちろん親孝行です!」


「おー、パチパチ」


 左衛門の話によると、彼の世界において母(つまり私)は既に他界しているらしい。享年83歳。まぁ、今の平均寿命を考えるとそんなものかなぁ…という年齢。そして、左衛門は私に対して親孝行する時間がなくこれまでずっと気に病んでいたという。


「私は、ゼネラル・チャネル・プロデューサー。ここヨミチューブ以外でも動画クリエーターとしてそれなりに名の知れた人間です。ちなみに、いま録画してますので。笑顔で自己紹介お願いします」


「えっ!」


 私は言われるまま左隣の古臭いカメラに笑顔を向ける。暗くて気づかなかったけど、アシスタントさんも横にいた。


「視聴者の皆さん。こちらが、若き日の我が母。玲奈れいなです」


「自己紹介して」というカンペが目の前に現れた。ちなみに、アシスタントの彼女は瀬川せがわさんというそうだ。


「あ、はい。東金玲奈です。大阪出身で、今日大学生になりました。えっと歳は18歳です。えっと、あとはその…」


 テンパる私にスッとマイクが差し向けられる。この人は、左衛門スタジオのナレーターあきら奈々ななさんである。


「今日の入学式はどうでしたか?」


「えっと、大学生活に希望が持てる良い入学式でした」


「同期でお友達はできそうですか?」


「はい、美人の人と連絡先交換したんですよ!」


「気になる異性はいましたか?」


「あ、隣の建築学科にめっちゃタイプの人が…って、何言わせんねん! 恥ずかしいわ」


 ここ、笑いどころやからね? 某劇場ならちゃんと笑い声のエフェクト入れてくれるで? ないとしゃべってる私が不安になるやん。


「はい、ありがとうございます。さて、私がここに親孝行をはじめた経緯を…」


「えっ、短い! 私のこともっと深堀りせんとええんか? そんなんで、視聴者みんな私のことわかるんか?」


 という、私の疑問に対して、カメラ横の小さなディスプレイがコメントで賑わいだす。


《大丈夫やで!》


《この時の訛ってる玲奈ちゃん、めっちゃ可愛い。むしろ新鮮》


(あれ? みんな私のこと知ってるの?)

 

 私の心意気などお構いなしで左衛門は説明する。


「未来ではついにタイムリープマシンが発明されたのです」


 タイムリープマシンは記憶や情報だけを時空転移させる装置であり、同じく未来では主流の脳波通信(要するにテレパシーみたいな技術)とセットにすることで、過去の人と直接対話しているかのようなコミュニケーションがとれるという。今、私が体験しているこの左衛門スタジオが正にそのヴァーチャルな空間である。


「おー、すごい!」


 ただ、タイムリープマシン自体の知名度はまだ低く、更にタイムリープマシンと連動した動画投稿サイトであるヨミチューブもまた、まだまだ視聴者が少なかった。そこで、その宣伝を任されたのが有名プロデューサーの左衛門である。CM依頼がきっかけで、過去の私に親孝行をしようと考えたそうである。


「依頼がきっかけとはいえ、親孝行したい気持ちは本物です。もちろん、母さんの恋のお手伝いもいたしますよ」


「あ、ちゃんと動画投稿で成功しているんやね! よかった」


 なるほど、左衛門はなかなかに良い息子に成長しているではないか! 母さんこれだけでも感激やね! 


「まぁ、ここまでは視聴者の皆さんはご存知のことですが…」


《恒例のインスト終わりですね~お疲れ様です》


「インストって、今の説明はやっぱり私向けなん?」


「はい、もうお気づきのようですが実はいくつかの世界線の母さんにコンタクトを試みており、既に様々な動画を撮っております。なので、視聴者の方からするとこのやり取りは何十回も見ているものになります」


「そ、そうなんや」


 ここで、私の心に一つの疑問が残った。


 左衛門は親孝行するために来たと言った。そんなこと、一回や二回のタイムリープで終わりそうなものである。正直、親孝行という「お涙ちょうだい系」の動画なんてそんなに需要ないと思う。しかし、彼はさらりと「何十回」も別の世界線の私にコンタクトしているのだ。


「なんで左衛門は何十回も時間を遡りはったん?」


 私の疑問は至極当然であろう。


「とてもいい質問ですね…」


《野原山荘事件…》


《また今回も運命に抗えなかったようだな…》


《これからまた、笑わせていただきますね》


 不穏なコメントがモニターに表示され、左衛門はこれを素早くタップして消した。


「ん? 今、消した?」


「おっと、もう時間がありません。今すぐログアウトしていただきますね」


「ご、ごまかさんといて! 説明責任ちゃんと果たして!」


「いいですか、これが最初の親孝行です! あなたは今眠っているその居酒屋でこれからすりに合います。ですからそれを防いでください。いいですね!」


「はへっ! すり!?」


 左衛門がテーブルの真ん中にある小さなふたを開けると、強制きょうせい睡眠すいみん解除かいじょと書かれたレバーが出てきた。


「えっ、なになに?」


「それでは母さん! ご武運を! グッドラック!」


 左衛門がレバーを勢いよく引いてひねると…。私の座っている椅子の床がガコンと音を立てて抜け、私は奈落の底に真っ逆さまに落ちて行く。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」


 そして、私の意識は現在に戻って来る。落とし穴に落ちる夢を見ると、びっくりして目覚めることがあるけれど、近未来式の強制睡眠解除はこれと全く同じ感覚。


 未来の技術なのに、えらく古典的な方法だったことが印象的である。


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