08 未来技術のお受け取り
ようやく脱出した我が家。山手線に揺られながら、私は左衛門とまた夢の中で会話している。
そして、未来についてわかったことが一つ。
「まるでパニックホラーみたいで、実にいい映像ですね!」
未来には記憶か何かを吸い出す技術があるらしい。左衛門は私の自宅脱出リプレイ映像に対して
「それ、動画にしはるの?」
「はい、もちろん」
息子よ。ここは私の
「そういえば、まだご説明しておりませんでしたね」
「なに?」
左衛門は、唐突に二つのアプリを私に紹介する。
「一つはヨミチューブのアプリです」
ヨミチューブは未来の動画サイトである。このサイトこそが私の
「もしかして、タイムリープマシンと連動しただけなんて思っていませんか!」
「ところで、ヨミチューブの『ヨミ』ってどういう意味?」
「それは…その…」
非常に言いにくそうにそうにする左衛門をじーっと眺める私。
「
「あ、やっぱり!
「あ、はい…。よく言われます。偉人に取材する際などはたいてい怒られます」
そして、ヨミチューブ運営サイトでは過去の人たちにもヨミチューブを見ていただくために、ローカライズアプリも作っており、なんと未来からすれば60年以上も前の機種である私のスマホにも対応しているのだ。
「ただ、その機種だと脳波通信はできませんので、画面越しにしか視聴できませんがね」
「いや、未来のコンテンツ見れるだけですごいやん! 画期的!」
続く、二つ目のアプリ。これも重要アイテムである。
「もう一つはハッピーエンド・インジケーターをお渡しいたします」
「ハッピーエンド?」
「はい、終わりよければすべてよし、貴方の人生の最後を予言するアプリ。それこそがハッピーエンド・インジケーターです。もっとも、ハッピーがエンドする瞬間がわかる
「
「母さん。未来に占いなんてないんです。このアプリも例外なく量子コンピューターによる人工知能によって解析された結果なのですから」
「つまり?」
「このインジゲーターの指し示す数字は予言です。この数字の大小は要するに母さんに巻き起こる災難の予兆です」
そう言われると急に数字が気になった。私はすぐにアプリを開く。
「なんか、マイナスやん!」
「そうです。母さんの人生は既に
「なんやて?!」
ハッピーエンド値はスーパーコンピューター「
――人類はついに未来を見通することに成功したのです。
左衛門は一番のキメ顔をする。どーだ、すごいだろうという表情である。
(私としては、未来からおじさんになった息子が来る方がよほどびっくりするんやけどね)
「で、母さんもう一度インジケーターを見てください」
「?」
さっきよりも値が大きくなっている。それも、桁が増えているのである。既に、ゲージの値が溢れたせいで-427e04というふうに続くゼロの数を省略する指数関数表示がされている。ちなみにこのアプリでのe04の意味はゼロ4つの意味。-427e04ならば-4270000である。
「実は、母さんの不幸度合いというのは常軌を逸しております」
「え?」
「母さんはあまりに特殊なため、スパコン
「えぇ…」
「いいですか、貴方はこのまま成り行きに任せて決断を
「例えばどれくらい?」
左衛門が振り向いて、アシスタントの瀬川さんに合図すると、瀬川さんは一つの大きなフリップボードを取り出す。このアナログさ、褪せた色使いの感じ…。これはもしや昭和モチーフなんか?
「歴代玲奈の瞬間最低幸福度ランキング、ワースト5」
私の顔写真が5個並んでおり、それぞれ不幸の理由が隠して書かれている。が、どの写真を見てもみんな目が死んでいる。私って普段からこんなに目が死んでるのだろうか?
「それでは第5位。山田山荘監禁事件」
鳥肌が立った。事件ってなんやねん。嫌な出来事とか、そういう私の歴史的瞬間に、謎の反政府組織とかが拠点にしてそうな山小屋の写真が出てくるのもおかしい、道路も見当たらないし、本当にどうやってこの山小屋に行くのか不思議でならない場所。
(私、こんな場所に監禁されるんか?)
まだ来ていない未来の事件を見て、私のハッピーエンド・インジケーターが警告を発してピーピー鳴った。
「やっぱ発表しなくていい! なんか怖いわ」
既に怖すぎて
「発表しませんしこれ以上教えません。さっき、このランキングを包み隠さず語ったがために再起不能にしてしまったので」
再起不能? 誰を? しかも、さっきって? パンツのまま部屋を出て行った私?
「…」
沈黙した隙にアシスタントの瀬川さんが素早くフリップボードをしまう。
「とにかく、ハッピーエンド・インジケーターの値には気を付けてください。常に下がり続けていますが、より急激な落ち込みがあった場合に
(ごまかした? 再起不能になったのって、別の世界の私だよね?)
突っ込みどころしかないこれまでの説明だけれど、ただ、何も反撃できない私であった。なにせ、既に謎の集団に自宅を
「左衛門、頼っても大丈夫だよね?」
私はすがるように
どのような経緯であれ、左衛門は私を幸せにしようとやってきたのである。成果は出ていないかもしれないけれど、彼の助言により少なくとも危険地帯となった自宅から脱出できた。だから、私は彼を信じることにする。
「もちろんですとも」
ちょっと遅くなったけど、時空を超えた親子の再開を祝おう。左衛門の動画のためにもなるしね。こっちでの対処は私がするしかないけれど、左衛門は未来人。これから起こることは予測済みなのだから!
(さぁ、今まで不幸だったらしい私にさようなら。これから幸せになります!)
前向きな決め台詞を考えていたころ、私の視線がとあるコメントに注がれる。
「そういえばこの玲奈ちゃんにはスタジオの借金の話してないわよね?」
ふいに、彰さんからつぶやかれたこのコメント。私の耳はそれを逃さない。これでも経営者の娘なんや。
「借金?」
左衛門は慌てる。さっきまでの無邪気で自信に満ちた姿と大違いである。
「いや、これはですね。貴方の借金です」
「いや、おかしいやん。この流れでその説明おかしいやん」
一気に冷え込む私のハート。なんや? もしかして自分に借金あるから私を利用して一儲けしようって、そういう
そう思うと、急に
そもそも、左衛門が私の息子であるという保証がないではないか。もしかすると未来技術を用いた新手の振り込め
「あの。やっぱり、考えさせてくれへん?」
私はトイレ横にあるログアウトの扉を出ていく。
視界が真っ暗にブラックアウトして、目を開けるとそこはまた山手線の中だった。
「まもなく、上野。上野に止まります。湘南新宿ライン、常磐線、高崎線、京浜東北線ご利用のお客様はこの駅でお乗り換えください」
私は、ひとまず電車を降りて、ここでホテルを探すことにした。
そして、ちょっと歩いたところに、レンガ造りで古びた洋館が建っている。そのホテルにお邪魔して6畳くらいの部屋を数日借りて、私はベッドに転がり込むのである。
(こういう時は誰に相談するべきだろう。普通は友達に相談するのかな?)
私は、優子の顔を思い浮かべて。それからまた眠りについたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます