07 銀座スカイランドマンション陥落②
真っ暗なクローゼットの中で私は手探りしていた。
(確かパンツの引き出しはこのへんやったはず)
新しいパンツを手に取り、今はいているパンツを両手でつかんでするすると脱ぐ。が、脱ぎかけで手を止めた。こんな男だらけの部屋に自分の脱いだパンツを置いていくのはどうかと思った。太ももまで降ろしたパンツをはきなおす。
(まずは、脱出やね)
とりあえず、クローゼットの中でスカートと上着を見繕う。
ここでようやく左衛門の言葉を思い出したが、私は荷物をまとめてこの部屋から脱出しなければならない。
(バッグがほしい…)
クローゼット内の旅行バッグを見繕う。高校生の時に使っていた通学バッグが大きく持ち運びやすいだろう。クローゼット下の引き出しを
(インナーも欲しいな…)
私は、キャミソールを取り出すために、さらに奥の引き出しに手を伸ばし戸を引く。すると、引き出しは何か重たく柔らかいものに激突する。
(何か引っかかってはる?)
ぬいぐるみのような柔らかく大きい感触。たぶん、まだ袋から出していない大きな熊のぬいぐるみだろう。だから強引に力を入れて引っ張ると。
「んあ?」
と、男の声。どうやら、ぶつかったのは人間だった。なんと、このクローゼットで人が寝ている。暗闇で全く分からなかったが、声の距離はすぐそこである。
もぞもぞと動き出す男。私は手に掴むキャミソールを握りしめ、どうか気づかないでほしいと願う。男はがさがさと手で何かを探し始め、男の手が引き出しにぶつかる。私は引き出しを通じてその動きを感じる。
「……」
そして、沈黙が続く。
(眠った?)
私はそっと手を引いて、インナーを一着でも拾おうとした。布の感触を確かめ、なるべく多く束を掴む。そして、そっと引き抜く。
そぉーっと、ゆっくり…
バターーーン!!
男が急に引き出しを
(もうダメかもしれん)
しかし、それで終わりだった。スヤスヤと寝つきの良い息が聞こえる。
そして、クローゼットに資産が隠してあることを思い出す。壁に仕込まれた秘密の扉。そこにお父さんからもらったちょっと困った時のためのお金が入ったキャシュカード(預金額6000万円)。あと、予備のクレジットカード(限度額1億円)や緊急連絡用(パパ直通)のスマホなどの非常資産を取り出す。
(早く、逃げたい)
けれど、乙女の最大のライフラインともいえるスマホは枕元に置き忘れている。
私は冷静に考え、脱出プランを練る。どの道、朝までここにいたら何をされるかわからない。とにかく、必要なものを持って逃げることが大事である。
クローゼットの扉から耳を
目を凝らすと、中央の枕元にスマホが転がっている。
(手が届くだろうか?)
私はベッド
(あと、もうちょっと…)
そして、スマホに手が触れて掴んだときである。
「ぷはー」
目の前で寝ている男が大きく息を吐く。その寝息は私のおへそに直接かかった。完全なジャストミート。
「きゃっ」
くすぐったくって声が出てしまった。そして、男が起き上がる。私は間一髪で身を引っ込めてベッド脇の床でうずくまり息を殺す。
起き上がった男は辺りを見渡すが、結局何が起きたかわからず、もう一人の熟睡する男のおでこをペチンと叩き、叩かれた男は「くがっ!」といびきで反応した。
そして、また眠ってしまう。その男たちが寝静まるまでしばらく、私は冷たい床に顔をつけながら必死で息を殺している。床でうずくまる
さて、ベッドルームのドアを開けリビングへ向かう。ベッドルームの2人とクローゼットの1人がしばらく出てこれないように、寝室専用の鍵もかけておいた。
「さてと…」
財布はすぐに見つかった。ダイニングテーブルに置きっぱなしだったけど現金もキャッシュカードも無事である。教科書は重たいのであきらめて買い直そう。買うと届くまでに時間のかかるノートパソコンを探す。そして、パソコンはメイコさんが抱えて寝ていた。
ようやく登場する知り合いの姿であるが、この招かれざる客を招いたのはソファーと同じ形に丸まって爆睡するメイコだろう。私は彼女を起こさないようにパソコンを持ち上げバッグにしまう。
必要なものはすべてそろえた。後は、逃げるだけ。
「ぎゅにゃ」
しかし、未確認のもう一人の侵入者がいた。それは、私が今踏みつけた人である。なんと、リビングに敷かれた
「うげぇ、なにすんじゃ、ごらぁ」
「ひぃっ!」
逃げようとするけど、足を
「えいっ…」
私は目の前にあったカウンターチェアに手を掛け、それを倒して反撃する。
「……」
男は悲鳴を上げることなく
しかし、このチェアの倒れる音で部屋中の侵入者たちが目覚めてしまった。
「おい、どうした? 鉄骨でも外れたのか?!」
もう、私は走り出すことにした。とにかく、早く逃げなきゃ。キッチン横を抜けて玄関へ向かうも、キッチンから伸びていた腕を踏みつける。
「いで!」
まだ、誰かいたらしい。
私は、よろけてバスルームの扉にもたれかかる。しかし、そのバスルームからもガタガタとゾンビが出てくるような物音がする。さらに、倉庫代わりとなっていたゲストルームからも人のうごめきを感じ取った。
(なんなんやここは!)
私は、玄関の電気をつける。するとそこには大量の見知らぬ
「ひぃ…」
もう、私は涙目でしかない。靴の山の中に埋まった自分のスニーカーを手に取って、そのままドアを開けて部屋を飛び出したい。
なのに、厳重なドアロックが私の脱出を
「
この声はおそらく、私が椅子を投げつけた人である。とりあえず生きていた。しかし。
(やばい! このままだとほんまにぶっ殺される!!)
リビングからどすどすという足音が近づいてくる。震える手のせいでいくつもあるドアロックを外せない。恐怖で涙ぐむ私の瞳。
(もう、ほんとにダメかもしれへん)
カチャ、という音が私の背後で鳴った。振り向くと、動くドアノブ。リビングと扉を挟んだ向う側に侵入者たちがたむろしているのだろう。
(もう、何されるかわからない!)
ここで、ドカン! という鈍い激突音がする。
「あぁぁぁぁ!!!! 痛ぇ、小指ぃ~」
どうにもゲストルームから出てきた人と廊下でもみ合って
この後は、泣きながら町を走った。とにかく走った。
肌寒く薄明りの東京の空。いつの間にかたどり着いた東京駅のレンガの壁に寄り掛かり、そして腰を下ろして膝を抱える。
(お願い、助けて左衛門…)
私は必死で祈った。ようやくやって来る夢の中。強引なヒーリングミュージック!
「母さん、無事に脱出できたようですね。これで、第一関門はクリアです」
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