11 友を見捨てることはできない!
「母さん、堂野優子のことは残念ですが、彼女を置いてそこを出てください」
敵の真っただ中から優子を救出すべく左衛門に相談したのに、左衛門はそれを完全否定する。
「そこを何とかしてほしいの。せっかくできた友達なんだから」
ひそひそ話の声量だが、私は割と声を荒げているつもり。そんな、やり取りをしていると、洗面台に置かれたスマホのライトが明るくなった。
《ピポーン》
何やらメッセージが届いたらしい。ヨミチューブから私宛のメッセージのようだ。そのメッセージに端を発して連続かつ大量のメッセージが流れ込んでくる。
《玲奈ちゃんかわいい》
《まだ、瞳が輝いている頃のママ…》
(なんやいきなり…)
これは一体何のメッセージか?
「あぁ、さっきコメントサーバーがおかしくなって接続できなかったんですよ。まだトラブル多くて困りますね」
これらメッセージはヨミチューブに投稿され、私にメンションされたメッセージが遅れてやってきたものである。サーバーのトラブルが解消され今になって大量に届き始めたのだ。サーバートラブルとか昭和やん!
「どうりで静かやったわけ」
その猛烈な勢いで流れていくメッセージ中に一つだけ気になった言葉を見つける。
《優子ちゃん悪だよ気を付けて。利用されているよ》
《優子ちゃんは天使のような悪魔だからマジ注意!》
優子に関する不吉なメッセージがずらずらと並ぶ。できれば1時間前に知りたかった内容である。
「良いですか、堂野優子は堕天しかかった天使ではありません。天使の振りした真正の悪魔ですから!」
「そんなこと言われたって…心配やん」
そして、もう一つ警報が鳴る。
《ピコーン、ピコーン! ピコーン、ピコーン!》
またしてもスマホの通知。
「その音は、ハッピーエンド・インジケーターの警告ですね。手遅れでしたか」
「て、手遅れってひどない?」
こちらも、未来との通信遅延によってだいぶ遅れて警告を発し始める。ハッピーエンド値の推移を見ると、約1時間前から徐々に
警告が遅すぎる。未来技術、役に立ってへんやん。
今、私は三つの圧力を受けて決断を迫られている。一つは左衛門、一つは未来の視聴者、そしてもう一つはハッピーエンド・インジケーターという未来のAIである。それぞれが全て優子ちゃんを置いていけという。
「わかった。左衛門に任せるわ。どないしたらええん?」
玲奈は多数決に弱い子なの。それで、3人以上は多数なの。仕方ないの。
「では、脱出プランBを実行しましょう。トイレの戸棚に入っている、拳銃のさらに奥に現金10万9000円が収納されています」
「そうなん?」
もう一度銃の入った小箱を見る。すると確かに封筒入りの札束が入っている。未来人ってなんでもお見通しなの? しかも、一番上だけ渋沢先生(万札)で残り99枚は全部北里先生(千円札)である。身代金か何かの代わりにするんやろうか?
「その現金を餌にしてあなたは脱出をはかってください」
また、お金使うんか…。まぁ、そんなことは重要ではない。むしろ優子を置いていくことの方が気がかりである。
「ええんやけど、優子ちゃんに最後のチャンスをあげたいの。脱出はそれからでもええやん」
「ふーむ…」
左衛門のうなり声とため息が混じって聞こえる。
「面倒ですが仕方ありませんね。母さんの友達思いなところは尊敬していますよ」
あ、初めて褒められた?
「それでは、優子が敵である証拠を二つ提示いたします。まず、彼女の役割は母さんをあの部屋に連れ込み、睡眠薬を飲ませる手伝いを間接的にすることです」
「なるほど、そういえば家の表札に名前が書いてあったけど、優子ちゃん完全にスルーやったな」
もう一つ、睡眠薬についてはケンジさんが怪しすぎてよく覚えていない。
「まぁ、見ていてください。流浪人ケンジの不器用さに呆れて堂野優子が母さんに直接、飲ませようとしてきますから」
「そうなん?」
「あと、忘れるところでした。そこのトイレにコンセントの分配器がついてませんか?」
「え? あ、ほんまや。こんなのあったかな?」
「それ今後の伏線ですので持ってきてください」
私はトイレを静かに出た。そして、喧騒に紛れてするりと元居た隅っこのチェストに座った。
「トゥッ、トゥッ、トゥッ、トゥッ、ブーーッ、ツクツク」
そのタイミングで急にボイスパーカッションを始める流浪人ケンジさん。彼のリズムによって無秩序にやかましいだけの空間が急に連帯感を帯びた。
バンドのボーカルとしてジョージ先輩が歌い始める。なかなかの歌声である。そして、歌っているのは誰でも知っているような流行歌である。
「みんなも一緒に!」
だから、当然の流れのように合唱が始まる。ついつい連帯感に任せて歌を口ずさむほどには良い雰囲気であった。
一曲目を終えて、二曲目、三曲目と時間が過ぎていく。そのタイミングだった。酔いつぶれて床で寝ていた旅人コーダが急にいびきをかき始めた。
(あれ、聞いたことあるいびき…)
彼はビクッと急に起きてテーブルとぶつかり、その拍子にさっきまで私が飲んでいた水をこぼした。
「あっ」
グラスは床に落ちて水をばらまく。ただし、ふかふかの絨毯によってコップは割れることなく無事であった。
(来た)
左衛門の説明によれば、ここで優子が自分の飲み物を代わりに、差し出してくるという。友達が毒見した飲み物なら安全だから飲むだろうという
メイコ「あぁ、玲奈ちゃんもう一杯注ぐね」
玲奈「ありがとうございます」
メイコ「あ、ごめん。ミネラルウォーターないから
玲奈「大丈夫ですよ」
この時だった。私の頬にぬるくなったペットボトルが当たる。
玲奈「きゃっ」
優子「私のやつあげる。一口付けちゃったやつで良ければ」
玲奈「…ありがとう」
ボトルには、薄いリップの色がついている。学友たち憧れの優子ちゃんと関節キッスできるまたとないチャンスであった。そして同時に、未来人左衛門の言ったことが全く正しく再現された瞬間でもあったのだ。
私は口をつけて飲んだ。正確には一口飲んだふりをした。それから、私は時計を眺め、時間をはかりながら、徐々に眠くなったふりをする。左衛門の情報によれば、ここに入っているのは即効性の睡眠薬で、数分で眠気が襲ってくるらしい。
優子「玲奈、大丈夫?」
玲奈「なんや、私ちょっと
ジョージ「なら、隣の部屋でひと眠りしちゃいなよ!」
私は優子に抱えられながら、隣の部屋に移動する。ここで、パパの秘密道具の出番である。
「優子。一つお願いがあるの」
「なに?」
「今日中にね、弟の学費を振り込まないといけないんやけど、これ頼めはる?」
私は、先ほどの10万9000円の入った
「玲奈、今日は日曜日だから明日振り込めば大丈夫よ。これは貴方が持っていなさい。今日はゆっくりしてまた明日考えてね」
と言いながら、私は封筒を握りしめ、ベッドに潜って眠ったふりをする。私の手を握っていた優子は、そばを離れる拍子に私の手から封筒を
(優子さん。そのお金、どうするつもり?)
彼女は確かに悪魔だった。
バタン。
私は、むくりとベッドから起き上がって寝室に鍵をかける。
更に巨大な熊くん人形をクローゼットから引き出してベッドに寝かせる。そして、私は再びこの魔境を抜け出す
「さぁ、母さん。脱出してください」
そんな、左衛門の声が聞こえるようだった。
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