41 未来と手を取り合えば

 

「母さん、ハッピーエンド警報が鳴っておりましたので馳せ参じました!」


 困っているときやってくる。やはり、持つべきものは未来の息子、左衛門である!


「ほんまに、ありがとう!」


「急遽、生放送の準備に数時間かかりましたが、ほんと間に合ってよかったです」


 いや、すぐ来てよ。と思うけど、まぁ、いつもの左衛門の照れ隠しかも。


「それで、左衛門。向井君はどないしはったんかわかるんやな?」


「はい、もちろん。ですが、先にゲストをご紹介いたします!」


「へ?」


「本日お越しいただきましたのは、ドローン空撮スペシャリストの水谷恭二さん」


 そして、VRゴーグル姿の水谷さんが私の画面に向かって挨拶する。この人は、ミグちゃんとスホーイさんの一件で左衛門が読んでいたゲストで、ヨミチューブ初のドローン生空撮をしようと試みたものの、私の世界ではまだドローンの飛行が許可されていないことが発覚して、水谷さんは一言もしゃべらずに番組が終わってしまったのだ。


「お久しぶりです。水谷さん」


 私が挨拶するとVRゴーグルを付けた水谷さんはそっぽを向いてしまう。


「水谷さん! そっちじゃなくてこっちです!」


 どっと沸き立つコメントチャット。VRゴーグルの鉄板ネタは未来でもまだ使えます!


「さて、ただいま使用するドローンはとある国が日本で運用するものです。今回はそれにハッキングをかけて向井君の居場所を追跡しております」


「ハッキング?!」


「誘拐事件ですので! 超法規的ちょうほうきてき措置そちです!」


 スクリーンに映し出されたのは、麻袋に包まれて車に押し込まれる向井君の姿。


「事件やん!」


「そうです、事件です! だから、ハッキングして先に追尾をしておりました」


(だから、水谷さんゴーグルしとるんか…)


「さて、母さん。ここからのあなたの未来は我々も知らない状況です」


 私は本来、運命ブラックホールの導くまま不幸な人生を歩み、幸せといえた人生を歩んだことはない。玲奈の歴史上で一人として運命の束縛から逃れることはできなかった。しかし…。


「母さんは運命ブラックホールを回避して、向井君というホワイトホールに迫っているように見えました」


 ブラックホールに捕らわれたなら、ある意味私の人生は一点に収束し予測しやすい状況になる。しかし、ホワイトホールはブラックホールの逆の存在。吸引力はなく、つかみ取りに行かなければつかむことはできないのである。


「ですから、この先の未来は母さんが進んで切り開くしかないのです!」


 と左衛門の言う通りであった。ここで、決断すべきは今ここにいる私であってそれ以外の誰でもない。


「わかった、向井君を助けに行きたい! だけど、左衛門と未来のみんなも手伝ってくれるよね?」


「もちろんですとも!」


 一致団結。これから私の人生は山場を迎えるのである。


「では母さん。早速ですが、セキュリティーチームの3人を…」


「もう、呼んだで!」


「あ、はい。では外に行く準備を…」


「うん、さっき着替えた!」


「あぁ、では…えっと…武器とか…」


「パパのやつがあったで!」


「…」


 ≪相変わらずここの玲奈ちゃん有能やねwwww≫


 ≪俺ら、出番あるかな?≫


 黙り込んで次のことを考え始める左衛門。左衛門は恰好つけたいんやな?


「左衛門は向井君の追跡をしといてくれはる?」


「はい」


「ほないくで! みんなで、私の未来を勝ち取るんや!」


 ≪うおおおおおおおおおおお!≫


 ≪応援してます!≫


 ≪よっしゃ! 俺たちの戦いはこれからだ!≫


 ≪頑張って!≫


 一斉に応援コメントでにぎわう!


 彰「あ、ここであの有名ヨミチューバ―から応援の生配信が届いております」


 左衛門「おお、これは大物ですね! 早速お繋ぎいたしましょう」


 彰「『偉人に罵られても負けないんだから! ポンコツな私が偉人に直接弟子入り! ぼこぼこに言うけどちゃんと教えてくれる先生方大好き!』のさい風古ふうこさんから生メッセージです」


(風古さん、キャッチコピー変わったんやな…)


「こんばんは、今は『建築中だよ法隆寺』の生配信中だったんですが、玲奈さんがピンチだということで急遽、スタジオからこの応援メッセージをお送りしております」


「こんばんは。忙しいのにありがとうございます」


「いえいえ、師匠の小野さんもきょとんとしながら応援してくれてますよ~」


 卑弥呼ひみこみたいな髪型かみがたのおじさんが映し出される。まさに目が点になったような表情であった。というか、小野さん? 法隆寺作ってるときの小野さんって、小野おのの妹子いもこさん?


「さて、玲奈さん。私が望む未来は一つだけです! 運命ブラックホールに勝ってください! ブラックホールに勝った史上初の人間の生配信いきざまを全時代のみんなに届けてくださいね!」


「ほんまに、ありがとう。私、必ず勝で!」



 ここまで、きれいな感じやったんやけどね。



 左衛門「おや、わが盟友の土下座おじさんから応援メッセージ来てますね」


 左衛門が動画をぽちっとクリックする。


「玲奈ちゃん。前回の動画いい感じに伸びて、おかげで息子の学費が捻出ねんしゅつできました。ありがとう! 今回のピンチも玲奈ちゃんなら乗り越えられる。俺に騙されたくやしさ忘れずに、敵に勝つんや!」


 短いけど、真摯なメッセージ。だったんですよ? 途中まではありがとうって感謝しかなかったんですよ? 本当ですからね!


「それから、勝ったらまた僕の動画出てね!」


「うん、嫌やわ。決意に水差すようなこと言わんといて…」


 ≪wwww≫


 ≪辛辣≫


 左衛門の操作するタブレットにまた新たなメッセージが届いたらしい。


 左衛門「おや、芹山准教授からも応援メッセージが届いております」


 サメの着ぐるみ姿から覗き見る人の顔。甲高い声の准教授。そんな人が目頭が熱くなってくるような熱い応援メッセージくれているんです。だけど、私はある疑問が湧いてきていて、それが気になって仕方なかった。


(私、こんな濃いキャラの人に会ったことありましたっけ?)


 ≪芹山准教授。ガチの時はめっちゃいいこと言う!≫


 ≪サメさん日本語うまいなぁ。おじさん涙あふれてきちゃった≫


 感動に包まれ静かになっていくコメントたち。様子からすると未来では誰もが知っているような有名人らしい。甲高い声とお腹に食いついたサメがトレードマークの医師らしい。結構真面目に応援メッセージをくれているのだけど、私から見たら「さかな〇ンさん」のパクリキャラ。一度でも見ていれば絶対忘れないはず。


 ≪芹山準教授、真面目に応援してくれてるけど、この玲奈ちゃん精神科医必要としてないからかかわりなかったんじゃないかな?≫


 コメントで事情の分かる世界ってええな。まさかこんなところでタイムパラドックス生じるとは思ってなかったけど、応援してくれている気持ちは正直に返さないとね。


「あ、その。私は初めましてですが、感動するコメントいただきましてありがとうございます。頑張りますね!」



 にわかにざわつき始めるコメント欄。


 ≪ざわ、ざわ…≫


 ≪ざわ、ざわ…≫


「左衛門さん、ターミネーター玲奈さんから応援の動画が届いてますよ…」


 隣の彰さんが左衛門に耳打ちする。


「え、本当ですか?」


「それで、中身なんですが…」


「…」


 左衛門がタブレットに目線を落としてから無言が続く。


「うん、ギリギリオッケーにしましょう!」


 ギリギリらしい。私、確かその玲奈にめった刺しにされたよね? 覚えてるんよ? 私に断りもなく動画が始まる。


「今、幸福のかまゆでを作ってるの」


 魔女が薬作っているときのビジュアルで登場した最不幸の一角を担うターミネーター玲奈。先に断っておくけど、もちろんヴァーチャルの話ですからね! 彼女は前回めった刺しにした私の遺体を切り刻んで臓物を取り出してもつ煮込みを作っているらしい。


 画面中が自動モザイクで埋まっていた。未来のAI技術をそんなことでフル稼働しないで!


 ≪玲奈ちゃん、マジでこうなっちゃだめだから≫


 ≪玲奈ちゃん超がんばって! お金払うから、かわいいままでいて(切実)≫


「だから助けに行くって言うとるやん! 水差さんといてって!」



「さて、一通り応援メッセージは紹介し終わりました」


「みんなありがとうな! ネタに走らなかったらもっとよかったと思うで」


「勇気は受け取りましたか?」


「もちろん! 一つ分かったことがあるで」


「それは?」


「私の幸せは私だけのものじゃないってことや!」


 ≪おう、せやがんばってな!≫


 ≪今まで勝ったことない人が、たまに勝つのは面白いんやで≫


「ふふ、さぁ母さん。向井君を助けに行きましょう」


「それで、作戦はあんねんな?」


「私にいい考えがあります!」


「えっ、フラグ?」


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