第11話 幸せの登竜門
42 フィナーレに向けて駆ける女子大生
冬の夜。時刻は未明。空は真っ暗。でも雪で白くなった町が広がる。私はイヤホンで左衛門たちの声を聴きながら現場に向かう。電車は動いておらず、雪で渋滞する街。だから、私は現地まで走って行くことにした。もともと陸上部の長距離選手だった私からすると走っているときが一番落ち着くし、余計なことを考えずにも済むのだ。
リンチ「良いですか、戦いは数に限ります」
久しぶりの登場であるリンチ顧問が兵法を熱心に解説する。東洋系の仙人みたいな
彰「それでは、E5415の玲奈さんを助けるべく集結している戦力を振り返ってみましょう」
左衛門「まず、実働部隊として母のセキュリティーチームと木下さん、匿名通報により出動中の警察、そして、我らが水谷さんの操縦するある国の武装ドローン」
玲奈「えっ、武器積んではるの?」
リンチ「今はみなばらばらの地点におりますが、集合すれば結構な戦力になります」
今までの登場人物全部出てきて最終決戦みたいなことするのって、なんか不思議とワクワクしてきますね。
木下「もしもし、玲奈? こっちはもう全員でそっちに向かってるよ」
木下さんからも連絡があり、セキュリティーチームも来るそうである。
キーン。
高めのモーター音を立ててドローンが近づいてくる。あれはおそらく、水谷さんが操縦するドローンではないだろうか? 左衛門曰く、日本に潜む闇組織のドローンをハッキングしたとのことで、確かにかなり大きなドローンである。プロペラが複数着いたおなじみデザインではなく、グライダーのような偵察機タイプのようだ。
ウー、ウー、と夜空に響くサイレン。とどこかでパトカーが赤色灯をつけて走る音も聞こえる。
≪玲奈ちゃん、がんばって!≫
耳に届く応援メッセージ。集う仲間たち。
(みんな協力してくれている!)
かくいう私も走ってます。呼吸でリズムをつけて、積もった雪を力強く踏みつけて、ザクッ、ザクッとリズムよく足音を立てながら渋滞する車列をぐんぐん追い抜いて、都内の街をかけていく。順調である。私はすでにフィナーレを想像して目頭が熱くなってきてますよ!
だから、急に気になった。感動のフィナーレが来るなら、私のハッピーエンド値高まっているんじゃないだろうか? そう思ってスマホの画面を覗くと…
バラ色の表示なんてありませんでした。むしろ寒気がするほどの不幸一直線の予報。どうにも私の運命ブラックホールはそう簡単には幸せを与えてくれないらしかった。
さっきまで、全部青信号だったのに急に赤になり、これまで平坦な道だったのに急に雪に埋もれた段差で
「いたたたた…」
とにかく不吉だった。
「なぁ、左衛門」
「はい、なんでしょう?」
「さっきからずっとドローン飛んではるけどバッテリーとか大丈夫なんか?」
≪どうした急に?≫
≪俺らいつもやらかしてるから信用されてないと見た≫
急にざわつくコメント欄。
「このドローンは偵察用ですので10時間くらいは大丈夫ですよ」
画面の向こう側でグッドラックサインを見せる水谷さん。
「そうなん?」
自信満々の返事だと突っ込みにくいけど、私のこれまでの経験によれば未来人たちは絶対に何かトラブルを起こす。ただではフィナーレを迎えられないのである。
そう考えていると、渋滞する道路をパトカーが
「あ、母さん。パトカーより早く現場に到着してくださいね」
「えっ、どうして?」
「いや、女子大生が連れ去られたといって通報したのに女子大生が現場にいなかったら嘘だってまるわかりじゃないですか」
「そんな理由で通報したの?!」
これはいけない、戦いは数。戦力の大部分を担い、かつ、敵対する彼らを最も的確にとっちめるためには国家権力がどうしても必要。誤報だと思われたら大変である。「未来人がそうしろと言った」なんていう意味不明な供述しても信じてくれないだろうし…。
幸いにして3~4台のパトカーは渋滞のためあまり速度が上がらない様子だ。ここは、陸上部の本気を見せてやらねば!
「左衛門、近道ってある?」
「待ってました!」
左衛門の指示に従い、フェンスをよじ登り、高さ3メートルはあるコンクリート壁の上に出る。
「そこに電柱がありますね? 壁と電柱を使ってうまく降りてください」
左衛門に言われた通り、手前にある電柱と壁の隙間を壁蹴りしながら降りる。
≪玲奈ちゃん! 今の『そんなんできひん!』って突っ込みどころやで!≫
≪なんか、この玲奈ちゃん運動神経めっちゃいいな≫
というコメントに対しては「どや顔」で対処すればそれで動画は盛り上がる。そして、さらに公園の小川(幅5メートル)にある二つの飛び石を使って三段跳びして、そのままの勢いで高さ3メートルの護岸を蹴り飛ばして飛び越える。
≪玲奈ちゃん、パルクール動画作れそう!≫
なんだ、やっぱり今の私って調子いいじゃん!
「左衛門、次は?」
「いえ、到着です」
そこには大きな廃ビルがあった。工事用の看板には解体予定が記されているが工事は途中で止まって放置されている様子。いかにもやばそうな雰囲気のビルである。
ここに向井君が捕らわれているかもしれない。そう思ったタイミングでスマホに通話が入り向井君の名前が表示されていた。
「あ、もしもし玲奈ちゃん?」
しかし、声は向井君のものではない。
「誰?」
「僕だよ、ジョージだよ」
「あぁ、お久しぶりです」
「その、今からで申し訳ないんだけどちょっと来てほしい場所があってさぁ…」
なるほど、本来の私であればここでようやく向井君の異常事態に気づくわけなのだ。しかし、今の私はすでに動き出している。
「来てくれるかな?」
「えぇ、行けますよ。というかもう到着しました」
「えっ?!」
今の私の気分はアクションヒーロー。ジョージ先輩が油断しているうちに工事現場のバリケードを乱暴に蹴り飛ばして開け中へ入っていく。しかし、中に入ると謎の昭和風おじさんが目を点にして立っていた。
「君が、玲奈ちゃんかね」
私は目を細めてそのおじさんを見つめる。そして、声や雰囲気から徐々にこの人が構造設計の父である内藤多仲ではないかと思い始める。
「もしかして、東京タワー設計した人ですか?」
「あぁ。いかにも。今向井君が困っていてね。相談に乗ってほしい」
「あ、はい」
そう言われ、人のよさそうなおじさんの案内に従って奥の部屋に導かれる私。ビルの中は真っ暗で、奥に行くほどどんどん何も見えなくなる。
ガラガラ…、パタン。急に私の背後で扉の閉まる音がする。
「何?!」
そして、灯される部屋の明かり。
「ジョージ、そいつが例の向井のネッシーか?」
待ち伏せである。黒服の三つ子みたいにそっくりな3人の男が現れる。こいつらが黒幕なのだろうか?
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