48 感動の最後を迎えられると思ったんだけどな
ショッピングモール奥にある狭い通路。私は足音を立てずに近づいていく。暗い廊下を進んでいくと、男の話し声が聞こえる。どうやら扉の先にいるらしい。
「安心しろ、今お前の女もこっちに来るからな!」
一方、向井君は口をふさがれているのか、もごもごと何を言っているのかわからない。けれど、どうやら怒っているらしい。向井君が怒っているなんて見たことない。
(きっと、私のために…)
私は、この手で必ず向井君を取り戻す!
部屋の扉を音が立たないように少しだけ開く。すると、吟遊詩人リュートがいた。そして椅子にガムテープで括り付けられている向井君。リュートは向井君を人質にとって、ナイフをちらつかせていたのだ。
「繊細な彼の柔肌に傷でもつけたら100倍深い傷を負わせてやろうか!」
≪それ、胴体切れるんじゃね?≫
「母さん、リュートはまだ前科がありません。きっちり証拠を残すほうがいいですよ」
「そうなん?」
初犯だとやっぱり罪が軽くなりやすいので、立件できる事柄はすべて記録して、ちゃんと木下さんに証拠としてまとめてもらうほうがいい。裁判で実際に起訴するのは検察であるから、検察がさぼらないようにしっかり交渉できる材料がいるという。私は、その辺に転がっていた脚立にスマホを立てかけてこれから起こることを記録に残すようにする。
「これくらいのアングルでええか?」
「ばっちりです!」
さて、いよいよ決着の時である。
「ほな、決着つけてくるで!」
≪ちょっと待った!≫
「なんやねん!」
視聴者が私を引き留める。
≪私たちは、リュートには散々な目にあわされてきましたから…≫
「私やないけど、せやんな」
正直、今の私ってほかの未来の玲奈のことあまり知らないから、リュートに対する恨みは少ない。強いて恨むと言えば、向井君を無駄に巻き込んでいることだろうか。
≪ほかの玲奈ちゃんのためにもちょっとくらいいたぶってもいいと思うんですよ≫
という、面白そうな話を始める視聴者が登場した。
「では、リクエスト企画始めますか!」
その結果、左衛門が急に企画を思いついた。
「えっ?!」
「それでは、これからどうやってリュートをとっちめるかアイディアを募集します!」
≪椅子に縛り付けて髪を根こそぎむしってさらにレーザーで脱毛する。≫
≪リュートの○○○をナイフでちぎって『とったどー!!!』って掲げる≫
≪肺に小さな穴を開けて最大限苦しませてから〇す≫
という、物騒な意見ばかりが届く。面白がって見ているだけの未来人たちは、どんだけリュートに恨みあんねん?!
「いや、さすがに今それはできへんで?」
≪お願いだからやって、私の無念を晴らして!≫
「ん、私たち?」
アカウントをよく見ると「シリアルナンバー+Reina」という名前になっている。ちなみに、私も読みチューブのユーザーIDは「E5415_Reina」になっている。
「ちょっと、今コメントしているのって未来の私?」
≪よもや、過去の玲奈ちゃんにドン引きされる玲奈さんたちw≫
≪いいからやりなさい! あんたは気が済んでも私たちは済まないの!≫
「そうは言われてもなぁ…」
やんわりと断ろうとする。しかし…
≪そうよ、私たちは貴方自身の先輩なんだから言うこと聞きなさい!≫
やんわりと断っていると、私の先輩方は高圧的になり、命令口調に変わっていくだけであった。恨みの根深さはわかったけれど私はあくまでも私。だから、ここはきっぱり断ろうと思う。それも、よくわかるように強い口調で言うことにした。
「あの、幸せになれなかった分際で私に指図しないでくれます?」
≪…≫
無言。通信でも悪くてよく聞き取れなかったのかな? もう一度言うことにした。
「幸せになれなかった分際で私に指図しないでいただけますか、叔母様方」
≪ひぎいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!≫
≪この女、二度も言った。二度も幸せになれなかったって言った! 許さない!≫
たとえ未来の私と言えど、余計な邪魔をするなら容赦はしない。あと、ラストだし動画的盛り上がりが必要やもんね!
「ところで、あなたたちって向井君に出会えましたか? そうじゃないなら世界線おかしくなっちゃうかもしれませんし言うこと聞けませんね」
≪小娘が! 燃やせ、こいつを燃やせ! 燃やした後に塩撒いて!≫
≪あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! やめてぇぇ~、私の人生と比較しないで!≫
≪あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!≫
≪これ、エクソシストが悪魔退治する動画だっけ?≫
≪おかしな、感動の最後を迎えられると思ったんだけどな。なんかバトってるなぁ≫
もうすぐラストだしね、ちゃんとコメント稼ぎしておかないと。これでいいよね左衛門!
「あの、企画しておいてこんなこと言うのもはばかられますが…」
「ん?」
「獲物を前にして、舌なめずりしているとどうなりましたっけ?」
一般的には、反撃される。たいていは主人公がピンチに陥って、追い詰めたと思って油断した敵がいろいろ語っている間に新しい能力に目覚めたり、仲間がやってきたりする。しかし、私の場合はどうも逆のようだった。
「ぐおぉぉぉぉぉ~、その写真を消せ!」
いつの間にか息を吹き返した龍志という男が熊のように低い姿勢で駆けてくる。気絶中のお漏らし写真を撮られたことを三兄弟に知らされたのかもしれない。恥ずかしくて死にそうになってる乙女のように顔を真っ赤にして、奇声を出し全速力でやってくる。大男が高い声おぎゃっているのは恐怖しか感じない。
そして、そんなことより、ここは奥まった部屋になっており逃げ場所がないのだ!
「やばい!」
ズドーン! しかし、フロアに散弾銃でも発砲したような大きな音が響く。その音と共に地面に倒れこむ龍志。セキュリティーチームのエアキャノン(空気圧で水を飛ばす暴徒鎮圧用の武器)である。
「ミス玲奈。お待たせしました」
彼らがいれば、私でも倒せるリュートなど簡単に駆除できるだろう。しかし、動画的においしくない気もした。あと、特に困ってないけど先輩方の無念も晴らさないと、さっきさんざん煽ったのでそれくらいはしておこうと思うのだ。
「ちょっと、その武器貸して!」
「重いですよ? 大丈夫ですか」
高圧ボンベと水の入った装備を担ごうとするも、思っているより重かったので、アランがそのまま担いで、私が銃の部分を握ることにした。
「母さん、そろそろ生放送の枠が終わりますので、急いでください!」
タイムリミットも近い! 彼らの立てこもるドアを「ドカン」とアランが蹴り飛ばし、呆然とするリュートに私はダッシュで近づく!
「死にさらせぇぇぇ! ド畜生が!」
ズドーン!
「うぎゃー!」
こうして、私は生中継の時間内に最後の敵を倒すことに成功したのである。
「向井君、大丈夫だった?」
「え? 玲奈さん?」
目隠しされている向井君。どうやら声だけではわからなかったらしい。
「大丈夫?」
目隠しを外すと、向井君は目を細めて私の顔を確認する。
「今の本当に玲奈さんだったの?」
「うん」
向井君がなぜ私であることを二回も確認したかは聞かないでおこうと思う。
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