36 ブヤの45に9時
「おいリュート。
「そうか」
「ブヤの45に9時」
ミケは短く集合場所と時間を暗号めいた言葉でつぶやく。それを聞いてリュートは短く頷いた。
「それで、集合場所と時間はどこだ?」
「わかってないなら返事すんなよ」
一方、ブヤの45で待つ龍志は珍しく考えていた。リュートの度胸から考えれば、自分との対立に至るような決定的敵対はしないはず。犯罪や敵対行動というのは相手の度胸を見ればわかる。臆病な奴に大きな罪は犯せない。度胸がないとビッグになれないのは反社会組織だって全く同じであった。
「兄者。今日は真剣ですね?」
ほぼ同じ容姿の大きな男3人が黒スーツに黒サングラスの龍志の前に整列している。元は3人兄弟なのだが、昔から兄弟で良く似ており龍志の子分をずっとやっている。3兄弟そろってずっと一緒であった。
「リュートが何を隠しているか考えていてな」
「兄者の勘が金の臭いを察知したってことですか?」
「ああ、この向井という男は単なるデコイ。何かをロンダリングするための存在だ」
リュートの狙いはおそらくこの男にまつわる不幸そのものが必要であって、俺たちがこの男から巻き上げる利益なんて大したことないんだろう。この男を人質みたいに使って何かより大きな利益を上げるって
「俺たちは出会い系サイトを使っていつもの手法でしのぎを得る。リュートは俺らとこの男の関係を使ってまた別の誰かをゆするんだ」
「なんで、そんな回りくどいこと考えるんですか?」
「相当おいしいカモだからだろうよ」
「ピン跳ねしてさらにおいしいってすごいですね」
「あぁ、気づいてしまったからにはやることは一つだ」
「ですね」
「じゃぁ、行動開始だ!」
3人が一様に小首を傾げる。そして、3人が同時に語る。
「どうすれば良いですか?」
「わかってないのかよ! リュートの周りから情報を吸い出せ!」
そろそろリュートの来る時間であった。最初こそ興味のなかった龍志であるが、相手が大物を隠し持っていると考えると脳細胞が活発になり始めた。
夜9時、リュートはこのナースキャバクラの裏手にある事務所へ来るはずである。入念に罠を仕掛け、敵の本性を暴く瞬間。これにはわくわくせざるを得ない。敵が狩場に入り込みみじめにやられていく様って楽しいだろう?
ブラインドの隙間から外を見た。人影が一人。電話をかけている様子だった。
(なるほど、向うも準備しているわけか…)
リュートだって無策じゃないだろう。これは駆け引きの場所。男同士の戦いである。久しぶりに楽しみになっていた、のに…
「あれ?」
表のナースキャバクラで働く
「どうしたの?」
「いや、事務所に行きたいんだが道に迷った。案内してくれ」
「もう、しっかりしてよね」
(あれ? 明美とリュートってそういう関係だったの?)
いや待て、明美は誰にでも明るくて優しい女だ。だから勘違いして
「ところで、りゅーちゃん。今日は何の用事?」
(りゅーちゃん?! 俺もりゅーちゃんだけどそんな呼び方してくれないじゃん!)
「あぁ、仕事の面接かな」
ぱぁっと晴れやかになる明美の表情。いつもの陰ある深みある笑いではなく満面の笑顔である。女としてちょっぴり幸せ感じたようなそんな笑顔である。ブラインドを持つ手に力が入る。
「そっか、ようやく真面目に働いてくれるんだ!」
(何だって?! リュートが真面目に働いたら明美に何があるって言うんだ!?)
そんな二人の様子を見ている間。ブラインドをぐしゃぐしゃに握りつぶし手のひらが傷だらけになる龍志であった。
「悪いな龍志。遅くなった」
何事もなかったかのように挨拶に来るリュート。
「おう、久しぶり。ずいぶん良い服着てるな」
「あぁ、これも貢物だよ」
(まさか、明美の売り上げで買ったスーツじゃないだろうな!)
「あぁ、そうかリュート。とりあえずそこに座れよ」
「あ、あぁ。でもその前に一つ質問しても良いか?」
「何だ?」
「なんでブラインドこんなにぐちゃぐちゃなんだ?」
さて、リュートは落ち着いた様子で、茶を飲んでいる。開幕から龍志の心をかき乱すテクニック。流石は詐欺師と言ったところだろうか。
今日呼び立てたのは他でもなく、リュートから可能な限り情報を引き出すことだ。それを忘れてはいけない。
「お前の提案なかなか魅力的だよ」
龍志は一旦話に乗ったふりをすることにした。それに呼応して、リュートは少し間をおいてからしゃべった。この間。きっとリュートもいろいろ考えているんだろう。
「いいオトコだろう」
「あぁ、名前はなんと言ったかな」
龍志はリュートの些細な表情の変化や行動から真意を読み取ることにした。メンタリズムというやつだ。リュートの潜在意識に探りを入れて試すのである。紹介してきた向井という男が使えるかどうか、本当に魅力的ならばするりと出てくるだろう。
「あぁ、名前は忘れた。とりあえず玲奈の彼氏は使えるぞ」
龍志は少し固まった。
(今、別の誰かの名前言ったよな?)
向井という男の陰の存在を確かめたかったのだが、いきなりレナだかレーナだレイナだかの女の名前が出てきた。この時点で察するものがある。やはり狙いは向井の影の存在なのだろう。しかし、逆にあからさますぎるのも確かである。
(もしや、
龍志はそうに違いないと考えることにした。いくらリュートがバカだからと言って、多数の女から
「そいつ、彼女いるんだな?」
「あ、あぁ。まぁ、その彼女は気にしなくていいぞ」
彼女の話をし始めたらリュートは急に動揺した。いや、いくら何でもこんなにあからさまな嘘付くほど馬鹿じゃないはずだ。きっとそうだ。囮に違いない。騙されるな龍志。今は向井という男に集中しろ! と、龍志は自分に言い聞かせる。
「それで、向井という男なのだが…」
「あ、そうだ『向井』って名前だったな。よく思い出したな!」
龍志はうっかりミスをする。これでは探りを入れていたのがばれてしまったかもしれない。もっともここに呼んだ時点で探られることは明白なのだが…。それでも、自分の思っていたことと違うことするのは悔しい気持ちになるのだった。
「それで、向井ってやつはどんなやつなんだ?」
「あー、えっと…、ちょっと待ってろ…」
ちゃっちゃと答えないリュート。しまいにはスマホを開き始めて、ジョージに連絡を始め、結局その男の特徴についてはジョージが全部説明する始末であった。
(やっぱ、リュートは向井に全然興味ないんじゃね?)
龍志は結局、リュートの真意がわからなかった。
「じゃぁ、契約成立ってことで!」
ただ、条件自体はよさそうだったので龍志は悩みながらも契約することにした。完全にリュートのペースで話が進んだことが気に入らなかったが諦めることにした。
一方で、玲奈のスマホに注意メッセージが浮かぶ。ハッピーエンドインジゲーターが幸福値の減退を感知して注意喚起しているのだが、当の玲奈は向井君と映画を鑑賞中で全く気づいていなかったのである。
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