37 向井のネッシー
龍志は考える。リュートの話を聞く限り、明らかに向井という男の陰に本物の獲物がいる。絶対にいるはずである。
「ネッシーはいる!」
考え込んでついつい声を上げてしまった龍志であった。
「兄貴、俺もUMAいると思ってますよ!」
「違うそうじゃない、リュートが隠しているカモのことだ!」
「さすが兄貴、あいつがペット飼ってるなんてどうしてわかったんですか?!」
「違うそうじゃない、カモってのは要するに獲物のことだ!」
「あぁ、俺の飼ってる猫も公園のカモを連れてきてですね…」
「えっ、猫ってそんなことすんの?」
龍志の子分である3兄弟は頭の回転が悪い。だから、龍志が少し格好つけて隠語を使うと、途端に話が脱線していく傾向があった。
「おい、リュートのツイッタでもフェイスブックでもいいから探せ!」
「吟遊詩人リュートで検索…」
そして、3兄弟が同時に同じ検索ワードで探し始める。彼ら3兄弟に分担とかそういう概念は決して存在しない。息ぴったりで同じ行動をするのである。龍志は時間がかかるかと思っていた。だから、一服しようと思った。
「兄貴、見つかりました!」
三人同時に声を上げる。リュートらしきアカウントは案外簡単に見つかった。
「まず、フレンドリストの中から『れいな』や『れな』って女を探せ!」
リュートの漏らした名前。向井という男の彼女を探してみる。そう簡単に見つかるとは思っていないがやってみなくては始まらない。
「兄貴、一人見つけました!」
開始すぐである。三人が同時に声を上げる。
(まぁ、珍しい名前じゃないし何人かはいるだろう…)
こうして、三人が三回同時に、合計すると九回分の声を上げ、それ以降は「れいな」というアカウントはなかった。
「見つかったのは何人だ?」
龍志が問いかけると、兄弟たちはそれぞれ顔を見ながらお前は何人だと確認し始める。
「三兄弟で三人ずつだから九人だ!」
リュージは少し安心した。この三兄弟はずっと馬鹿だと思っていたが、少なくとも掛け算の三の段はできそうだとわかったからだ。
「で、早く三人の候補者を見せてくれ」
龍志の三人という言葉に三兄弟はざわつく。なぜ、龍志の兄貴は三兄弟×三人が九人だと理解できないのか、掛け算できないのではないかとひそひそと議論を始めていた。そんなことは無視して龍志は容疑者の絞り込みを始める。
「一人目、
「兄貴、こいつですよ。職業が金持ちそうじゃないですか!」
しかし、龍志は眉間にしわを寄せスマホの画面をじっと見る。それに合わせて三兄弟も同じ画面を見る。コンサルティングアドバイザーは金持ちそうな肩書ではあるが、この女はひたすら仕事の愚痴をつぶやいている。内容を見ると要するにサラリーマン。最近彼氏ができたとコメントしていたりするが、この女は典型的なリュートの食い物である。リュートなら直接紐にするだろう。今回みたいに男を使って間接的なアプローチで何かするようなターゲットに見えなかった。
「兄貴、この写真にパンツ映ってますよ?」
三人が一斉に声を上げた。
「えっ? どこ?」
うっかり思考を逸らされるが、龍志は気を取り直す。
「二人目、
これは少し臭かった。というのも、紐のターゲットに出来ないような年齢であったから。更に背景に映る家は豪邸である。レーナというカタカナの名前は内容から推察するに本名。どうやらハーフである。そして、つぶやきには最近は学校の成績が良くないからイケメンの家庭教師を雇ってもらったという。
(こいつじゃないか?)
リュージは小学生の写真を見ながらほくそ笑むのだった。
「兄貴、ロリコンだったんですか?」
「違う、この笑いはそういうのじゃない!」
さて、最後の一人
「三人目、東金玲奈。19才、大学生。かなりの美人だがそれ以上の特徴は見当たらない」
龍志は可能性が低いと見た。とりあえずリュートが声は掛けたがキープしているだけの女に見えたからだ。そもそも学生なんて基本的に金がないから、実入りの良い仕事を与えて搾取するのが基本。リュートのような紐の宿主には向いていない。この女も、やがて就職したらリュートの餌になるんだろうなと思う。見た目にはそんな女だった。
しかし、三兄弟は別のことに気づく。
「兄貴、見てくださいよ。こいつ軍人のボディーガード雇ってますよ」
「はっ?」
龍志が写真を見ると、アメリカ人と思われる三人のマッチョな奴らと、どう見ても堅気に見えない殺し屋のような日本人らしき女と一緒に寿司を食べている。しかも銀座の寿司屋。
「これは…」
内容を見ると、仕事の報酬の一環で寿司を食べているという。ザギン・シースー作戦完了祝いと垂れ幕まで作っている。クライアントはこの女なのか? 龍志は慌てて、他のコメントや写真を見てみる。
「兄貴! こいつクイーンサイズのベッド使ってますよ?」
そうして三人同時に声をかけられ、写真を見る。
「こいつの部屋、銀座なのか?」
龍志にとってはベッドなんてどうでもよかった。それよりも背景である。窓の外の景色が明らかに田舎のアパートではない。
「どうしてわかるんです?」
龍志は背後に映るビルに見覚えがあった。銀座にこれだけ大きな部屋を借りている女子大生…。記事によれば、部屋を借りて東京で一人暮らしだと言う。
「もう少し、昔の画像はあるか?」
「これはどうでしょう? 自宅の写真ですね」
龍志は目を疑った。家の中で撮影した何気ない写真である。二階の自室からリビングを見下ろすようなアングルで撮影されている。めちゃくちゃ広い部屋であるが、驚くのはそんなところではない。
「この部屋、雲の上にでもあるんですか?」
霧の出た日、大阪の町が白い雲に埋まっているように見えた。超高層タワーマンションの最上階。億円クラスの部屋に住む天井の者だけが見ることのできる世界であった。
わかりやすすぎるフラグに困惑し続けた龍志であったが、もう疑うのをやめた。やはりネッシーはいた!
「ちょっとこの子のこと調べてくれる?」
龍志の呼びかけに、三人同時に元気よく返事が返ってくるのだった。
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