第13話 お互いの深いところ


 涙が枯れるまで、沙希の膝の中で泣き。


 沙希に言われるがまま、風呂に入った。


「(……沙希の前で、あんなに泣いちゃったな)」


 ほんの少し気恥ずかしさがあるものの、心はスッキリしている。

 

 後悔は微塵もない。


 頭にまだある、沙希の太ももの感触と、人肌の温もり。


「……熱い」


 風呂から出る。


 タオルで体を拭き、濡れた髪をゴシゴシしながら脱衣所の扉を開けた。


「あっ、怜太さん。早かったで――えっ?」


「……えっ?」


 床にちょこんと正座し、コーヒーを飲む沙希と目が合う。


 沙希が目をパチリと瞬きさせ、顔が一瞬にして真っ赤になった。


「れ、怜太さん⁈」


「な、なんで⁈ ってか帰ってなかったの⁈」


「あ、当たり前じゃないですか! 怜太さんがお風呂から出るまではいようと思って……!」


「そ、そっか……ありがとう」


「いえいえ……って、服着てください! 見えちゃいけないものがみ、み、見えてます!」


「ご、ごめん‼」





    ▽





 まだほんの少し頬が赤い沙希。


 服を着た俺は、沙希の前で正座をしていた。


「……ほんとごめん!」


「べ、別にいいですよ! その……なんというか、私の責任でもありますし」


 沙希が俯きながらそう言う。


 さすがに恥ずかしくて、目が合わせられない。


「…………」


「…………」


「……あのさ、沙希。なんか俺にして欲しいこととか、あるかな?」


「へぇ⁈ そ、そ、それはお誘い……⁈」


「⁈ そ、そういう意味で言ったわけじゃ!」


 ダメだ。

 

 今何を言っても、地雷を踏みぬく気しかしない。


「ま、まぁ怜太さんは男の子ですもんね。しょ、しょうがないですよね……」


「ほんとに違うから! そういう意味で言ったんじゃないから!」


「じゃ、じゃあどういう意味なんですか?」


「それはその……なんというか」


「やっぱり言いづらいことなんじゃないですか! ……怜太さんのえっち」


「違うんだってば!」


 俺が必死に弁解しようとすると、沙希がふふっと笑った。


「ごめんなさい。必死な怜太さんが面白くて、つい意地悪したくなっちゃいました」


「……沙希って意外と、いたずらっ子だよね」


「ふふっ。怜太さんにだけですよ」


「そ、そっか……」


 俺にだけ……。


 その言葉が頭の中で反芻する。


 ……なんて可愛いんだ、この子は。


「それで、どういうことなんですか?」


「その……膝を貸してもらっちゃったし、何かお礼したいなって思って……」


「今度は怜太さんが、ですか?」


「そうだね……」


 沙希にお礼をされているつもりが、今度は俺がお礼する側になっていた。


 なんとも、不思議な関係だ。


「う~ん……そうですね。じゃあ怜太さんにお願い、しちゃおうかな」


「ほんとに⁈」


「なんで嬉しそうなんですか?」


「そりゃ、沙希に恩返ししたいからに決まってるよ」


「っ……‼ また怜太さんはそういうこと言って……」


 沙希がまた俯く。


 胸辺りを抑えて、少し苦しそうだ。


「お、俺なんかしたかな?」


「怜太さんのせいで病気にかかったかもです」


「えぇ⁈」


「ふふっ。冗談ですよ」


「……ほんと心臓に悪いよ、沙希」


「ごめんなさい」


 小悪魔のようにぺろっと舌を出す沙希。


 最近いじわるが加速してる気がする。


 心臓が止まらなきゃいいけど……。


「じゃあ怜太さん。そろそろテスト近いですよね?」


「そうだね」


「なので、私に勉強を教えてください」


「お、俺が?」


「はい!」


 正直、沙希に教えられるほど勉強が得意なわけじゃない。


 でも、そんな期待に満ち溢れた顔で見られたら断れるはずもなく……。


「わかった。じゃあ一緒に、勉強会しよう」


「はい! 楽しみにしてます!」


 こうして、沙希と勉強会をすることになった。


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