第25話 燃えよ体育祭


 体育祭。


 学校の大きな行事の一つであるが、運動の苦手な俺はあまり好きじゃない。


 去年は一人日陰の草むらでボーっとしていたのだが、今年は違う。


「おっ次の種目一年生だって」


「へぇーじゃあ沙希出るってことか」


「沙希ちゃん出るってよ、怜太?」


「そうなんだ。楽しみだな」


「「……な、ナチュラルや!」」


 何に驚いているんだか。


「こいつってもしかして、天然女たらしなんじゃない?」


「たぶん異性とかそんな意識してないんだよ、怜太は」


「二人とも、何の話してるの?」


「「別にぃ?」」


「そ、そう」


 また二人ともにやけ顔を浮かべる。


 もはやこの二人はこの表情がデフォルトなんじゃないかと、最近思い始めている。


 ちなみに、壮也は一人読書をしている。


 自由だ。


 現在、俺たち四人はテントの中の生徒待機場所にて、談笑をしていた。


 すると後ろから、見知らぬ女子生徒二人がやってきた。


「あ、あの……多田先輩と、加賀先輩、それに前原先輩ですよね?」


「そうだけど、どうしたの?」


「あ、あの……写真撮ってもらえませんかっ‼」


「うん、いいよ」


「ありがとうございますっ‼」


 これで何度目だろうか。


 五回を超えたあたりから、数えていない。


「ちょっと写真撮ってくるわ」


「……海斗、ドヤ顔で言うのやめてくれない?」


「それは無理な話だ」


「ははっ、海斗らしいや」


 三人がテントから出る。


 大興奮の女子生徒二人と写真を撮った後、気づけば女子による長蛇の列ができていた。


 写真待ち、というやつらしい。


 モテるって、辛いね。


「あの三人すごい人気だな」


「あっ、土田君」


「よっ。それにしても、お前は少し悔しいんじゃねぇの?」


「そんなことないよ! 三人は俺と全然違うからさ」


「欲がない奴だなぁ」


 そう言いながら、俺の横に座る。


「そういえば加賀の妹、人気加速中らしいな」


「えっ、そうなの?」


「あぁ。今じゃファンクラブができる勢いらしい」


「そ、それはすごいね……」


 そうこう話していると、歓声が上がった。


 グラウンドの方を見ると、そこにはポニーテール姿の沙希がいた。


「……ほんとに、すごいね」


「んな」


 ピストルの音を合図に、一斉に駆け出す。


 沙希が素早くコーナーを回り、一位でゴールテープを切った。


「なんだあの子可愛すぎだろ……」


「天使だ。下界に降り立った天使だ……」


「やべぇ、マジで結婚してぇ」


「彼女と出会うために、僕は生まれたのかもしれない」


「「「それな」」」


 各方面から沙希を絶賛する声が聞こえてくる。


 だけど、なんでだろう。


 沙希が褒められてるのに、誇らしい気持ちよりも胸がざわついて仕方がない。


 おまけに、心がチクリと痛む。


 ――謎だ。


「おっ、盛り上がってるねぇ体育祭!」


 俺の肩を叩いてくる委員長。


 ハチマキをつけて、気合十分だ。


「成宮君も、楽しんでる?」


「うん、委員長は?」


「私も絶賛、謳歌中だよ! ひたすら写真撮りまくってるね!」


「女子高校生だね……」


「今のうちにキャピキャピ輝いとかないと!」


「す、すごい使命感だね……」


「ってなわけで、三人で写真撮ろう~!」


「仕方ねぇな……」


 委員長のスマホの画角の中に入る。


 遠慮がちにピースをして、写真を撮った。


「うん、ばっちり! ありがと!」


「こちらこそ」


「体育祭、楽しもうね!」


「うん」


 次なる写メへ、委員長が駆け出していく。


 その後ろ姿を土田君と見る。


「あいつ、元気だな」


「そうだね」


 近づく夏に負けないくらい、体育祭は盛り上がっていた。





    ▽





「あっ、怜太さん!」


 自販機で冷えた飲み物を買おうと思ったら、そこに沙希がいた。


「沙希も飲み物を?」


「はい! ちょっとそこで、一緒に休憩しませんか?」


「うん、いいよ」


「やったっ! ふふっ」


 上機嫌の沙希と、涼める場所に移動する。


 ちょうどいい木の陰があったので、そこで涼むことにした。


「そういえば、さっき一位取ってたね」


「み、見てたんですね……なんかちょっと、恥ずかしいです」


「そう? カッコよかったと思うけど」


「カッコいい……初めて言われたかもです」


「そっか。まぁ、沙希はカッコいいよりも可愛い感じだからね」


「っ‼ も、もうぅ! 怜太さん!」


 また肩を叩かれる。

 

 どうやら沙希に可愛いは禁句らしい。


「ごめんごめん」


「……許します」


「優しいね、沙希は」


「あ、ありがとうございます……」


 沙希がペットボトルを転がす。


 どうやら照れているらしい。


「それにしても、熱いね」


「ですね……今日の晩御飯は、冷やし中華にでもしますか?」


「いいね。美味しそうだ」


「怜太さんのお口に合うよう、頑張って作ります!」


「楽しみにしてる」


「はい!」


 少しと言っておきながら、気づけば三十分以上涼んでしまっていた。


 たぶん、居心地が良すぎたせいだろう。

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