第33話 夏のせい


 流果たちに色々とアドバイスをもらい。


 俺に似合いそうな服を見繕ってもらった俺は、へとへとになりながら帰宅した。


「あっ怜太さん! おかえりなさい」


「ただいま、沙希」


「今日は遅かったですね」


「うん。ちょっと海斗たちと出かけてて」


「そうなんですね! じゃあお風呂にしますか? それともご飯にします?」


「うーん……じゃあ先にお風呂に入ろうかな」


「分かりました! じゃあ私は待ってますね」


「うん、ありがとう」


「いえいえ」


 沙希がニコッと笑って、部屋に入っていく。


 その姿がもはや妻のようで。


 だけどそれは口に出さず、後を追った。





    ▽





 お風呂から出てご飯を食べて。


 いつも通りゆっくりする時間がやってきた。


「ねぇ沙希。今日はベランダでアイスでも食べない?」


「いいですね! じゃあアイス取りに行ってきます!」


 ご機嫌な様子でアイスを取りに行く沙希。


 窓を開けると、夏の熱気が頬を撫でた。


「もうすっかり夏ですねぇ」


「もうすぐ八月だもんね」


「でも夜は少し涼しいです」


「そうだね」


 アイスを食べるのにはちょうどいい温度だ。


「星、綺麗ですね」


「そうだね」


 頭上に満点の星空が広がっていた。


「沙希はさ、どっか行きたいところある?」


「もしかして、またどこかに連れて行ってくれるんですか⁈」


「うん」


「すごく嬉しいです! ありがとうございますっ!」


「というか、沙希はもっとわがまま言っていいよ? むしろ言って欲しいかな」


 沙希は基本的俺のことを優先してくれるので、自分の欲をあまり言わない。


 俺としてはあれがしたいこれがしたい、と言ってもらえた方がありがたいのだ。


「……もしかして、怜太さん私のこと、甘やかそうとしてます?」


「……まぁそうだね。甘やかしたいよ」


「ふふっ。怜太さんは私のお父さんですか? それとも……旦那さん?」


「沙希の旦那さん、か……」


 こうして横を見ればいつでも沙希がいるけど、そんな沙希にはいつか旦那さんができるのだろう。


 ――なんだ? この気持ちは。


 またチクリと、胸が痛んだ。


「どうしたんですか? 意味ありげに呟いちゃって」


 沙希が首を傾げる。


「……いや、なんというかさ。沙希にいつか旦那さんができると思うと、感慨深いなぁと思ってさ」


「きゅ、急にどうしたんですか⁈」


「ははっ、確かに。急にどうしたんだろう、俺」


 景色は晴れやかなのに、心の中はモヤモヤしてる。


「……怜太さんは、時々謎です。何を考えているのか、分からない時があります」


「そ、そう?」


「はい。でも、きっと優しいことを考えてるんだろうなって、そう思います」


 沙希が穏やかに微笑んだ。


 そして一歩近づいて、肩を寄せてくる。


「さ、沙希⁈」


「……ちょっと冷えてきたんです」


「じゃあ、部屋の中戻る?」


「だ、大丈夫です! 怜太さんの傍にいれば、ちょうどいいので!」


「……そっか」


 沙希がこうしたいのであれば、このままにしよう。


「そういえば、どこか行きたいところある?」


「あっ、そうでしたね! うーん……やっぱり、海ですかね」


「海……うん、いいね。今度行こうか」


「ほんとですか⁈ すごく嬉しいです! 楽しみだなぁ」


 無邪気な表情を浮かべる沙希。


 触れ合う柔肌から、伝わる体温。


 沙希の体が熱いことに気が付かなかったのは、たぶん俺も熱かったからだと思う。



 ……夏のせいだ。

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