第38話 ようやく


「これはすごい注目だね」


「廊下を歩くだけでこれとは……嬉しいような、悲しいような……」


「あはは……」


 移動教室。


 いつも通り四人で廊下を歩いているだけなのに、すごい視線の数だ。


 あちらこちらから、ひそひそ話が聞こえてくる。


「ねぇあの四人カッコよすぎない?」


「ヤバい超イケてる!」


「絵になるイケメンたちだわぁ~‼」


 ひとたび噂話をしている方を向けば。



「「「「「きゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁああああ‼」」」」」



 この有様だ。


 海斗のように調子に乗るつもりはないが……イメチェンは大成功のようだと実感する。


「それにしてもこの完成度……支援した俺が言うのもあれだけど、想像以上だよ」


「そ、そうかな?」


「まぁ初めから、素質があることはわかってたけどな」


「確かに」


「……ありがとう」


 無性に恥ずかしい。


 少し前まではクラスの端っこにいたのに、急にこの扱いは逆に困ってしまうが。


「で、どうだ? イケメンになった気分は」


「い、イケメンだなんてそんな……」


「周り、見て見ろよ」


「…………」


 向けられる、羨望の眼差し。


 あの時感じた、蔑むような視線などどこにもない。


「……なんというか、ほんと、よく分からない感じだよ」


「つまんねー奴だなぁ怜太は。最高に気分がいい! とか言っておけばいいんだよ」


「ま、怜太らしいけどね」


「そういうのは海斗だけやれ」


「急にアウェー⁈」


「元から海斗のホームじゃないよ?」


「うっ‼」


 本当に実感がわかない。


 まるで自分じゃないみたいに感じる。


 しかし、みんなに歓迎されている感じが、なんとも嬉しかった。


 それが、素直な気持ちだった。





    ▽





 今日は沙希の教室まで迎えに行った。


 すると、以前とは全く逆の反応。


 悲鳴が上がり、一時大パニックになった。


 沙希の手を引いてその場を逃れると、さらに大きな悲鳴が上がり……かなりめんどくさかった。


「怜太さん、すっかり人気者ですね」


「そ、そうかな」


「はい。なんだか少し、妬いちゃいます」


「……見た目は変わったかもしれないけど、俺は今までの俺だからね?」


「……ふふっ。ずっと優しい怜太さんでいてくださいね」


「もちろん」


「……女の子をたくさん侍らせたりとか、しないでくださいよ?」


 沙希が上目遣いでそう言う。


「し、しないよ! っていうかそもそも、俺にできるわけがないよ」


「どうだか?」


 俺には生まれてこのかた、モテたことがないんだから。


 沙希と廊下を歩く。


 すると、なんという偶然か。もしくはこれは必然だったのか。


 

 ――由美が二人の男を連れて、こちらに向かって歩いてきた。



「あれ? こないだ成宮と一緒にいた女の子じゃん! ってか、もう乗り換えたの? それも結構イケメンの。やっぱり、私の考えに納得しちゃった?」


 挑発される。


 どうやら由美は、俺のことに気が付いていないらしい。


 ――好都合だ。


「いや、この人は――」


「沙希、ここは俺が」


「……はい、分かりました」


 沙希の前に出る。


「君、見ない顔だね? 転校生? もしよかったら、レイン交換しない?」


 男受けのよさそうな表情を浮かべる由美。


 加えて軽めのボディータッチをしてくる。


 だが、俺には全く響かなかった。


 ――よかった、何も変わっていなくて。


 俺はすべてを終わらせることにした。


「それはできない」


「えぇ~つれないなぁ。じゃあ名前だけでいいからさ! ね? 教えてくれない?」


「……わかった」


 大きく息を吸い込んで吐き出す。


 過去のトラウマを、失敗を。


 ――終わらせるのだ。




「俺の名前は――成宮怜太だ」




「……は? 何言ってんの? 冗談キツイなぁ」


「冗談じゃないよ。俺は成宮怜太。君に捨てられた、あの成宮怜太だ」


「そ、そんなわけ……」


「君に財布として扱われて、唐突に捨てられて。沙希と釣り合わないって言われて何も言い返せなかった、あの成宮怜太だ」


「う、嘘だ……あの陰キャが……」


「何度でも言うよ。俺は――成宮怜太だ」


 胸を張ってそう言っていいのか分からない。


 だけど、もう沙希の前で引き下がりたくはないから。


 何度でも、そう言う。


「……はぁ。もういいや」


 由美がそう言って、その場から立ち去る。


 俺は振り返って、最後に、


「これでお互い様にしよう! これで、終わりにしよう!」


 由美からの返事はなかった。


 でも、何となく終わったような、そんな気がした。


「怜太さん、お疲れさまでした」


「……ありがとう、沙希。今まで、俺を支えてくれて」


「いえいえ。私はただ、一緒にいただけですから」


 ふふっ、と小さく笑って、俺の手を握ってくる沙希。


 そのまま俺たちは、帰る場所に向かって歩き出した。



 もう過去は――振り返らない。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第二部、クライマックスです!


終わりが終わり、始まりが終わる第二部。


次話を見逃すな!

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