第35話 お泊り会の夜


 沙希が俺の家に泊まることになった。


 キッチンにて、鼻歌を歌いながら昼ご飯を作っている。


 やけに上機嫌だ。


「沙希、もしかして……俺の家に泊まるの楽しみ?」


「へっ⁈ そ、それは……なんというか……」


「なんというか?」


「……わ、分かってるくせに。怜太さんのいじわるぅ……」


「ははっ、ごめんごめん。つい、ね?」


「いつもの仕返しですか?」


「まぁ、そんなところだよ」


「ぶぅ~~~」


 そういう俺だが、俺自身も楽しみなところがある。


 普段とほとんど変わらないはずなのに。


「でもなんか、誰かとお泊り会するのちょっと憧れだったんですよ」


「分かる。俺も」


「だからウキウキしてます♪ それに……相手が怜太さんだし(ボソッ)」


「え?」


「ふふっ、なんでもありませんよー」


 沙希がニコッと笑った。





    ▽





 宿題などをしていると、あっという間に時が過ぎ。


 夕食を食べ終えた俺は、風呂に入った。


「沙希が泊まるのかぁ……」


 今ようやく、そのことを実感する。


 いつもより、夜が楽しみに思えてきた。


「ふぅーーー……」


 浴槽に浸かりながらボーっとする。


 すると、突然風呂のドアが開かれた。


「し、失礼します……」


「さ、沙希⁈」


 そこにいたのは、髪を団子にし、体にバスタオルを巻いた沙希だった。


「はうぅ……」


「ど、どうしたの⁈」


「そ、その……せ、せめてお背中くらい流したいなと思いまして……」


「あ、ありがたいけど……俺、今全裸だよ⁈」


「…………はっ!」


 沙希の視線が、俺の顔から下に下がっていき……。


「み、見てませんから! ほんと、み、見てませんから!」


「それは嘘だよね⁈ 苦しすぎるよ!」


 というか、風呂なら普通全裸だろうに。


 それほど、沙希はパニック状態にあったということなのだろうか。


「で、でも! ここまで来たら引き下がれません! あ、洗います!」


「え、えぇ⁈」


「さ、さぁ早く!」


 沙希に急かされるがまま、椅子に座る。


 窓に映る、顔を真っ赤にした沙希。


 目を閉じながら、俺の背中を洗っていく。


「は、はうぅ……」


「べ、別に無理しなくてもよかったのに……」


「だ、大丈夫です! お家に泊めてもらうからには、お背中くらい流さないと……!」


「それ、どこ情報なの?」


「お兄ちゃんから言われました!」


 あ、あの野郎……。


「ど、どうですか? 気持ちいいですか?」


「き、気持ちいいよ」


「ほんとですか⁈ よかったぁ」


 正直、ドキドキしすぎてよくわからないのだが。


「よいしょ、よいしょ……」


 一生懸命背中を洗ってくれる沙希。


 そんな沙希の姿が、鏡に映る。


 ……あれ? 激しく動くあまり、バスタオルがはだけて……。


「さ、沙希⁈ ば、バスタオルが……!」


「え? あ……ひゃ、ひゃっ!」


「み、見てない! 見てないから!」


「う、嘘ですよね⁈ だって怜太さん、顔真っ赤じゃないですか!」


「わ、忘れる! 今すぐ忘れる!」


「やっぱり見たんじゃないですか!」


「……ごめんッ!」


 忘れると言ったが、忘れられる気がしなかった……。





    ▽





 風呂から出た後は少しぎこちない雰囲気が漂った。


 しかし、いつも通り二人でまったりしていたら、ぎこちなさは気づかぬうちに消えていた。


「ふはぁ」


「……そろそろ、寝る?」


「……そ、そうですね。また明日も、朝早くからランニングしますし……そろそろ寝ますか」


「わかった」


 ちなみに、寝る場所は俺がソファで、沙希が俺のベッドで寝ることになった。


 沙希がハイテンションで、ベッドに倒れ込む。


「はぁ、怜太さんの匂いがする……」


「俺の匂い?」


「はっ、い、いや! な、なんでもないです!」


「そ、そう」


 もしかしたら俺のベッドで寝るのは嫌かなと思ったのだが、大丈夫なようだ。


「じゃあ、電気消すよ」


「はい! おやすみなさい、怜太さん」


「おやすみ、沙希」


 暗くなる。


 静かになった部屋。


 まだ寝息は聞こえてこない。


「……怜太さん、起きてますか?」


「起きてるよ」


「……私、なんだか目が覚めちゃって、寝れそうにないです」


「……俺も」


「ふふっ、一緒ですね」


「そうだね」


 すぐ近くで沙希が寝ていると思うと、寝れる気がしない。


「……なんか映画でも見る?」


「賛成ですっ」


 体を起こす。


 電気は消したままで、ソファに座って映画を見始めた。


「…………」


「…………」


 会話はない。


 沙希が優しく、俺の手を握ってきた。


「どうした?」


「……ただ握りたいだけです。ダメ、ですか……?」


「……いいよ」


 至近距離で甘えるような顔をされたら、断れるわけがない。


「じゃ、じゃあ……んっ」


 沙希が俺の肩に頭を乗せてくる。


 ふわりと香る、沙希のいい匂い。


 しかしなんだろう。


 同じシャンプーを使ったからか、不思議な感じだ。


「怜太さん、あったかいですね」


「……夏だからね」


「ふふっ、そうですね」


 しばらく経って、隣から気持ちのよさそうな寝息が聞こえてきた。


「沙希?」


 返事はない。


 どうやら眠ってしまったらしい。


「風邪ひいちゃうよな」


 体を起こそうとすると、沙希が強く俺の手を握ってきた。


「れ、怜太しゃぁん……」


「……しょうがないな」


 近くにあった布団をかぶせて、映画の続きを見る。


 気づけば俺は、そのまま眠ってしまっていた。





    ▽





「ん、んぅ……」


 目が覚める。

 

 すぐに目に入ったのは、気持ちよさそうに寝ている大好きな人の顔。


「わ、私……!」


「ん……さ、沙希……」


 怜太さんがそう呟く。


 それが可愛くって、思わず頬が緩んでしまった。


「……もう少し、いいよね」


 怜太さんに身を預けて、一つの布団の中で目を閉じる。


 

 人生で一番幸せな二度寝だった。

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