第30話 男の決意


 夏休みまであとわずか、というある日のことだった。


 それは突然、やってきた。


「あれ、成宮じゃん」


「ゆ、由美……」


 またしても、俺を捨てた元彼女に再会してしまった。


 それも今回は、沙希と一緒。


「どなたですか?」


「成宮の元カノだけど?」


「……あなたが」


「ちょっと君怖い顔しないでよぉ? 別に喧嘩売ってるわけじゃないし?」


「……すみません」


「いいっていいって」


 しかし、沙希は警戒した様子だった。


 由美の視線が俺に向く。


「それにしても成宮、やるじゃん。こんなに可愛い彼女できちゃってさ」


「べ、別に彼女ってわけじゃ……」


「えぇー? そうなの? 仲良さげじゃん! 最近よく一緒に、二人でいるみたいだし?」


「っ⁈ な、なんでそれを……」


「有名だよ。加賀君の妹ちゃんが、すっごい可愛いから、男の噂はすぐ出回るんだよ」


「そ、そっか」


「うん。それにしても、二人は付き合ってないんだねー」


 由美の瞳が、色を変える。


 体が震えた。




「まぁ、成宮には釣り合ってないよね。絶対的にさ」




 由美が続ける。


「ってかさ、こんな根暗陰キャに時間潰してて大丈夫なの? もっといい男に乗り換えたら?」


 海斗にあんなこと言われたのに、やっぱりこいつはこれっぽっちも懲りちゃいなかった。


「貴重な高校生活、もったいないよ? あっ、もしかして成宮から金巻き上げてる?」


「さ、沙希はそんなことしない!」


「じゃあ奴隷みたいに使い潰してるの? こいつなら何でも言うこと聞くからねー」


 さすがに頭にきた。


「むしろ俺の方が、沙希にお世話になってる。第一、沙希はキミとは違う!」


「成宮は黙っててくれない?」


「っ……‼」


「とにかくさ、早いところそいつなんて捨てた方がいいよ? 私いい男紹介してあげるからさ、ね?」


「…………」


「さ、沙希……」


 沙希がぷるぷる震える。


 拳を強く握っているのが分かった。


 何か、何か言わないと……。


「沙希はキミとは違う!」


「あんたは黙ってて‼ ね? テクのある男、紹介するよ? 絶対そっちの方が、いい時間過ごせるからさ」




「私は、怜太さんがいいっ!」




 沙希が叫んだ。


 足を震わせて、でも気丈な姿で立っていた。


「あなたが思うほど、怜太さんはダメな人じゃないです! 怜太さんは、すごく魅力的な人です!」


「な……大丈夫? 成宮に洗脳でもされてるんじゃない?」


「されてません! 私は優しくて真面目な、怜太さんがいいんです!」


「……はぁ、あなたバカ? そんな奴早く捨てて――」



「捨てません! 私は絶対、怜太さんを捨てたりしません!」



 その言葉が、俺の心を貫いた。


 沙希が俺の手を握ってきた。


「怜太さん、行きましょう!」


「あ、う、うん!」


「ちょ……ぜ、絶対後悔するから! チッ、このバカな女がぁぁッ!」


 俺はそのまま、沙希に手を引かれるがまま廊下を駆け抜けた。





    ▽





 家に帰ってくる。


 カーテンは閉め切っていて、部屋の中は暗い。


「はぁ、はぁ……逃げちゃいましたね」


「そう、だね……」


 制服のまま、沙希が俺のベッドに倒れ込む。


 学校から家まで、俺を引いて全速力で走ったのだ。


 疲れるのも、無理はない。


「……沙希、ごめん」


「なんで怜太さんが謝るんですか? 怜太さんは何一つ悪くないですよ?」


「でも、沙希に苦しい思いをさせちゃったのは、俺が原因で……」


「怜太さんは、悪くないです。それは、間違いありません」


 まっすぐな瞳で俺を見つめてくる。


 嘘偽りない瞳に、心が揺れる。


「……俺、沙希に甘えてたんだ」


「え?」


「沙希に甘えて、俺はあの時の俺から何一つ成長しようって思わなかったんだ」


「…………」


「だから弱いままで、強く否定できなくて……沙希を守れなくて。結局、俺はいつまで経っても、海斗たちに助けられたあの時から、何一つ変わっちゃいなかったんだ」


 何かが変わったようで、変わったのは俺じゃなくて周りだった。


 なのに周りに甘えてばっかりいた俺が、情けない。


「沙希に、みんなに甘えてたんだ」


「怜太さん……」


 沙希が心配そうに見つめてくる。


 思い出すのは、こないだ沙希の教室を訪れた時のこと。


「沙希と釣り合わないって、隣にいるのは似合わないって、分かってるんだ」


「そ、それは……!」


「だから、だから俺は……!」


 もう沙希に、あんな顔をさせたくない。


 心配させたくない。


 ――悲しませたくない。




「俺は、沙希の隣にいても不自然じゃない男になるよ」




 俺の決意は固まっている。


「れ、怜太さん……」


 沙希は何か言いたそうにしていたが。


 何か納得したように穏やかな表情を浮かべて、俺の手を握ってきた。


 握り返して、真っすぐ沙希を見つめる。


「だから、沙希には見ていて欲しい」


「……はい」


 暗い部屋の中で、埃煌めく一室で。


 

 ――変わろうと、そう決意した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第一部、完


次回、第二部、ざまぁ開始――

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