第22話 乙女の秘密

 

 帰り道。


 電車に乗ってもなお離さず、繋がれた手。


 ひんやり冷える夜で、繋がれた手が温かい。


「今日は楽しかったですね」


「そうだね」


「怜太さん、何気に大はしゃぎでしたもんね?」


「沙希ほどじゃないと思うけど?」


「ふふっ。怜太さんったら、恥ずかしいんですか?」


「まぁね」


 そう言うと、沙希がまた笑う。


 今日何度も見たその笑顔が、愛おしい。


「……また連れて行ってくださいよ」


「うん、もちろん」


「べ、別のところでもいいんですよ? 軽く外食するくらいでも、私はとても嬉しいです」


「じゃあ日頃の沙希への感謝を込めて、定期的に沙希の行きたいところに行こうか」


「いいんですか?」


「うん」


「わぁ、凄く嬉しいです!」


「よかった」


 誰かと出かけることがこんなにも楽しいことだったなんて、知らなかった。


 でも、こんなに幸せそうにしてくれるのならば、毎日だってどこかに行ける。


「怜太さんの行きたいところって、ないんですか?」


「うーん……」


 考えてみたが、パッと思いつかない。


 趣味や好みがあまりないのだ。


「そうだな……じゃあ、沙希の行きたいところかな」


「へぇっ⁈」


 顔を真っ赤にする沙希。


「ダメ、かな?」


「……ダメじゃないですけど、そういうのは頻繁に言わないでください! し、死んでしまいます……」


「そ、そうなの⁈ じゃ、じゃあ具体的にどういうことを」


「く、詳しい詳細を聞かないでください! 私、こう見えても乙女ですよ?」


「じゃ、じゃあ聞くのはやめておくよ」


「ふふっ、助かります」


 女の子に色々聞くもんじゃないよな。


 やはり俺は人付き合いが慣れていないせいか、無神経らしい。


 気をつけなければ。


「まぁ、連れて行って欲しいところがあったら、言いますね?」


「うん、なんでも言ってね」


「……ほんとに、なんでも言っていいんですか?」


 沙希が立ち止まる。


 思えばあっという間に、沙希の家の近くに来ていた。


「う、うん……俺にできる限りなら」


「――じゃあ」


 沙希が振り返り、手を広げて言った。




「私を、抱きしめてください」




「……へ?」

 

 思考が止まる。

 

 慌てふためく俺を見て、沙希は小悪魔的な笑みを浮かべてぷっと吹き出した。


「怜太さんの慌て顔。やっぱりいいですね。意地悪したくなっちゃいます」


「さ、沙希さんや……」


「ふふっ、ごめんなさい」


 小さく舌をペロッと出す沙希。


 また少し歩いて、くるりと舞うように振り返る。


 白いワンピースが、一輪の花のようにぱっと咲いた。




「でも、乙女に何でもっていう怜太さんが悪いんですからね?」




 そう言って、また沙希が小さく笑った。


 この無邪気の中に大人が顔を出しているような、そんな沙希の笑顔が俺は好きだ。


「(ここしかない、な)」


 意を決して、胸ポケットからあるものを取り出す。



「沙希、いつもありがとう」



「……これ、私に?」


「うん」


「……ありがとうございます」


 少し驚いた様子で、俺から箱を受け取る。


「開けてみてもいいですか?」


「いいよ」


「じゃ、じゃあ……わぁぁ! 綺麗……」


 日頃の感謝を込めて、沙希に贈ったのは――ネックレス。


 何か贈りたいと思い、流果に相談して購入したものだ。


「……怜太さん、つけてくれますか?」


「もちろん」


 沙希の後ろに回り、髪を持ち上げる。


 白いうなじが顔を出し、俺はそこから少し目をそらしながら、沙希の首にネックレスをかけた。


「に、似合いますか?」


「うん、すっごく似合うよ。想像以上だ」


「……そ、そうですか。う、嬉しいです……なんて言葉にしたらいいか、わかんなくなっちゃいました。えへへ」


「沙希の表情を見てるだけで、十分伝わるよ」


「えぇっ⁈ わ、私そんなに変な顔してますか⁈」


「幸せそうな顔してる」


「はうぅ……恥ずかしいです」


「そう? 俺は好きだけどね」


「っ……‼ も、もう! 怜太さんってほんと、ひどい人です……」


 そう言いながら、俺の肩を叩く。

 

 しかしすぐに止んで、今度は俺の胸に顔を預けてきた。



「でも、すっごく私を幸せにしてくれる人です」



 顔は見えないけど、耳が真っ赤になっているからどんな顔をしているのか想像がついた。


 それほどに、俺は沙希の顔を見ているのだろう。


「そっか。……なんか照れくさいね」


「そ、それを言わないでくださいよ! ……ばか」


 この世で一番優しい言葉だった。





    ▽





 翌日。


 にやけ顔で俺を迎えてくれた三人に、遊園地に関して根掘り葉掘り聞かれた。


「で、怜太さんや。もうちゅーはしたのかね?」


「ちゅ、ちゅー⁈ し、してないよ!」


「えぇ⁈ してないのか⁈」


「す、するわけないじゃん! 沙希と俺が付き合ってるわけでもあるまいし……」


 海斗があからさまに落ち込む。


 漂う悲壮感に、流果が笑った。


「な? この二人はスローペースなんだって言ったろ?」


「で、でもなぁ?」


「長い目で見てやることが大切だろ、海斗」


「そ、壮也まで……はぁ、しゃーなし! で、楽しかったか?」


「う、うん。それはほんと、楽しかったよ。ありがとね、海斗、流果、壮也」


 そう言うと海斗が照れくさそうに鼻を搔き始めた。


「ま、まぁ別に、お礼を言われるほどのことでも、なぁ?」


「海斗、照れてるね?」


「る、流果! それを言うなよ!」


「お前はまだ子供だな」


「う、うるせぇ!」


「ははっ」


 四人で笑う。


 手に残る、確かな感触。


 それが今も、俺の手の中にあった。


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