第21話 綺麗って言ったのは、どっちだっけ


 想像を絶する恐怖を体感した俺たちは、逆になんだか楽しくなってきた。

 

 沙希に手を引かれるがまま、次々とアトラクションに乗っていく。


 もはや絶叫系かどうかなど関係なく、目に入ったら片っ端から乗っていった。


「怜太さん! なんかこのアトラクション水の中に潜るらしいですよ!」


「へぇーすごいね」


「行きましょ、怜太さん!」


「ちょ、沙希⁈ きゅ、休憩を」


「ふふっ、ダメです」


「え、えぇー」


 沙希の小悪魔っぷりは隠すことを忘れ。


 日曜に子供に連れ回される父親のような気分になっていた。


 だがしかし、楽しい自分がいることは間違いなく。


「全く、しょうがないなぁ沙希は」


「怜太さんって、なんだかんだでいつも一緒にいてくれますよね」


「そう?」


「はい! やっぱり怜太さんって、あったかい人です」


「……ありがとう」


 無意識のうちに繋がれていた手から、沙希の温度が伝わってくる。


 じんわりと滲む手汗さえも気にならず、俺たちは遊園地を満喫した。


「怜太さん! 写真撮りませんか?」


「写真?」


「はい! 今この楽しい瞬間を、たくさん写真に収めたいんです」


「わ、分かった」


「じゃあ、取りますよ?」


「う、うん」


 沙希が手を伸ばして、いわゆる自撮りをする。


「怜太さん、笑って?」


「に、にぃ?」


「ふふっ、怜太さんって笑うの苦手ですね」


「そ、そうかな……」


「まぁ私は、不格好なその笑顔も好きですけど」


「え?」


「隙アリっ!」


 不意にシャッターが切られる。


 カメラには、頬をほんのりと赤らめる俺の姿が収まっていた。


「……怜太さん、照れてますね」


「う、うるさい……」


「ふふっ、怜太さんの意外な一面、発見です」


 心底楽しそうにする沙希。


 ガンガン攻めてくる今の沙希は苦手だが、嫌ではない。


 むしろ沙希が楽しそうにしているなら、何だっていいと思えた。


「俺も、沙希の意外な一面を発見したよ」


「えっ、そうなんですか?」


「うん、可愛い一面をね」


「な……れ、怜太さん。不意打ちはずるいですよ!」


「先にそっちがやったんでしょ?」


「むぅ~……」


 拗ねたように唇を尖らせる沙希。


 しかしすぐに耐え切れなくなって吹き出して、転がるように笑った。


 俺もつられて、沙希と顔を見合わせて笑った。





    ▽





 あっという間に楽しい時間は過ぎ。


 辺りが暗くなったところで、俺たちは最後にパレードを見ることにした。


「うわぁー綺麗……」


「そうだね。すごく綺麗だ」


「ですね……」


 言葉を失う。


 非現実的な世界に、二人で迷い込んでしまったような、そんな感覚があった。


「また来よう」


「急にどうしたんですか?」


「い、いや……なんかふと思ってさ」


「そう、ですか。……また。そうですね、また怜太さんと、二人で来たいです」


「そうだね」


 沙希が「また来たい」と言ってくれたこと。


 その言葉だけで、こんなにも胸が弾むのだと知らなかった。


 沙希が突然微笑む。


「どうしたの?」


「いえ。なんというか、その……もう一日が終わっちゃうんだなって、そう思って少し悲しいなと思ってたんですけど……なんかもう、忘れちゃいました」


「そっか」


「はい。またこの日の続きがあるなら、悲しむ必要なんてないですからね」


「……そうだね」


 儚げな表情を浮かべる沙希。


 何色にも彩られた光が、沙希の人形みたいな顔に映る。


 この世のものではないと思ってしまうほどに、儚さが増す。



「……綺麗」



 沙希の瞳に浮かぶ涙が、宝石のように輝く。


 俺は思わずスマホを持ち、シャッターを切っていた。


 視界全部の世界が、煌びやかに輝いていた。


 今日という日を一生忘れないだろうと、この時確かに思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「綺麗」と言ったのは、どっちだっけ。


 ……いや、どっちでもいいか。

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