第17話 幸せな病気にかかった


 テストが終わって数日が経った。


 最近、沙希が俺の家に訪れる頻度が上がったように思える。


「沙希、こんなに俺の家に来て大丈夫なのか?」


「大丈夫って?」


「いや、俺でも一応男なわけだし、男の家に夜な夜な通ってたら親とか心配しないのかなって」


「あぁー、はい、大丈夫です! お兄ちゃんが上手いこと説明してくれているので!」


「そ、そっか。なら大丈夫か」


 海斗に任せておけば大丈夫だろう。


「それでも一度、沙希の両親に挨拶とかした方がいいかな?」


「えぇっ⁈」


 洗い物をしている沙希が、手を滑らせる。


 俺は慌てて食器を受け止め、沙希に代わって洗う。


 食後に二人で洗い物をするのは、日課になっていた。


「そ、そ、それはどういう……」


「まぁなんというか、沙希にはこんなにお世話になってるし」


「……そ、そうでしたら、もう少し時間をください! し、したいこととかありますし……」


「したいこと?」


「……な、なんでもないです! で、でも、そのうち両親に呼ばれちゃうかもしれないです」


「そうなの?」


「はい。ま、まぁあまり気にしないでください!」


「わ、分かった」


 ともあれ、そのうち沙希の両親には挨拶するとしよう。


 ……産んでくださり、ありがとうございます、とか言おうかな。





    ▽





 洗い物も終え、沙希と二人でまったりする。


 二人用のソファーに腰を掛け、沙希が作ってくれたお菓子と一緒にコーヒーをいただいていた。


「ん! このクッキー美味しい!」


「ほんとですか⁈ それはかなりの自信作なんですよ!」


「やっぱり。沙希はほんと、なんでもできるなぁ」


「そ、そんなことはないですよ……」


「いやいやそんなことあるよ。家事全般完璧だし、優しいし落ち着いてるし可愛いし」


「ぷしゅー……」


「さ、沙希⁈」


 沙希が顔を真っ赤にさせて、顔から水蒸気を発している。


 おまけに目がグルグルと回っていた。


「だ、大丈夫⁈」


「か、可愛い……」


「ほんとどうしたの⁈」


「わ、私……可愛い」


「えっ可愛い? そりゃ沙希は可愛いけど……って、どしたの⁈」


 沙希が横に倒れる。


 俺はそれを抱きとめた。


「熱っ! 熱でもあるんじゃない⁈ ちょっと失礼するよ!」


 沙希のさらさらした前髪を上げ、おでこをくっつける。


「ひゃうっ!」


 沙希の肩がビクンと震え、「あわわわわわわ……」といい始めた。


「かなり熱いな……大丈夫? 沙希!」


「だ、大丈夫じゃないですぅ……」


「た、大変だ!」


 俺は急いで、冷やすものを取りに行った。





「ほんとに大丈夫なの?」


「は、はい、大丈夫です。もう熱は引いたので」


「そっか、よかった……」


 高熱が嘘のように引いていき、元通りになった。


 俺が視線を向けると、なぜかそらされるのだが……体調は大丈夫そうでよかった。


「それにしても、沙希ってたまにああなるけど……持病とか、あったりするの?」


「うーん……まぁ、そうですね。ある意味、これは持病かもしれないですね」


「そ、そうだったんだ……」


 儚いほどに美しいと思っていたが、やはり病気を患っていたとは。


 そうなると、これまで通り沙希の体を酷使するのは控えた方がいいだろう。


「沙希、しばらく俺の家に来なくてもいいよ?」


「……え」


「俺の家で家事して、病気が悪化したらあれだし……」


 すると沙希が突然、俺の肩を掴んで床に押し倒してきた。


 ふんわりと香る、優しい匂い。


 桜色の髪が、撫でるように俺の頬に触れた。



「嫌ですッ‼」



「さ、沙希?」


 鬼気迫る様子で、しかし今にも泣きそうな表情を浮かべる沙希。


「私、怜太さんのおうちに来れないの……嫌です!」


「で、でも……病気が」


「病気なんて大丈夫です! この病気は、幸せな病気なんです!」


「し、幸せな病気⁈」


「はい!」


 幸せな病気なんて聞いたことがない。


 ただ、沙希が嘘をつくようにも思えないし……。


「だから、怜太さんのおうちに来させてください!」


「う、うん……わかった。俺も沙希に、来て欲しいし」


「ほ、ほんとですか⁈ ありがとうございます!」


「う、うん……その、ひとまずこの状況をどうにかしようか?」


 沙希が俺を押し倒しているこの態勢。


 色々沙希と密着しすぎていて、胸が苦しかった。


「あっ、ご、ごめんなさい!」


「き、気にしないで」


 その後、ほんの少し気まずい雰囲気が流れた。


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