第31話 どうして狼男なの?
田中の部屋に来たら、田中はキッチンで晩飯の準備をしていた。米、洗ってたのか。
「おかえんなさい。テレビでも見ててくださいね」
「俺、また何も手伝わなくていいのかな」
「今さら何を手伝うって言うの。大人しく遊んでてくださいよ」
「はーい…」
テレビを付けても、見たいものがない。やっぱり消そう。何もすることがないから、ベッドにごろりと横になった。俺って物凄い贅沢だな。寝たままで飯が出てくるのか。いいのかな、こんなことで。急に自己嫌悪にかられて、起き上がる。何をしてるんだ、俺は。田中は料理中なので、俺に背を向けたままだった。その背中を見ていたら、どうにもたまらない気分になった。何ですか、この気持ち。俺は初めてでわからない。声をかければすぐに話せるのに、俺はスマホから田中にメールを打った。
『田中さんの部屋にいるだけで俺は泣けます。どうしてですか?』
立ち働いている田中はメールに気付かない。別に気付かなくていい。俺はメールを打ち続けた。
『後ろ姿見てると泣ける』
『最近食欲がないのは、田中さんのせい』
『素直じゃない俺は人生損してると思う』
『お前、どうして狼男なの?』
どうして、狼男なの?
「山本さーん、もしかしてメール連打してます?」
「えっ、バレた?」
「尻ポケットに入ってるスマホがさっきからメールを何着も受け取ってるらしくて」
ポケットに入ってたのか。じゃあすぐにバレるよな。すみません。
「俺の仕業です、別に読まなくてもいい。全然意味ないメールだから」
田中は濡れた手を拭いて、スマホを取り出した。見なくていいって言ってるのに。読んでる読んでる。しょうもないメール目の前で読まれるってのも軽く拷問だな。打った俺が悪いんだけど。
「山本さん、晩飯食いたくないの?」
キッチンから田中が俺に話しかけた。後ろ姿のままだ。どうして振り向かないんだろう。わざとですか。
「いや、食いたいです。鯖の味噌煮」
「こんなに嬉しいメールたくさんもらっちゃうと、晩飯どころじゃなくなっちゃうなあ」
「え、そんなこと言わないで作ってください…」
「はいはい、もちろん作りますけどね。ホント罪作りな人だな、あんた」
そう言いながら、田中は何か打っている。メールの返事かな。と思っていたら、俺のスマホがぶーぶー言った。
「山本さん、続きは晩飯の後にしてくださいねー。ていうか、俺もう料理なんかやめて爛れた生活モードに入りたい」
後ろ姿のまま、田中は言った。鯖の切り身をパックから取り出してる。俺は着信したメールを開いた。
『俺は確かに狼男だけど、山本さんのために一生人間でいます。だから安心してください』
ダメだ、俺もう我慢できない。さっきから我慢してたのに。ワサビ食ったみたいに、鼻の奥がツンとする。思わず立ち上がって、田中の方へ行った。包丁使ってないことを確認してから、その背中に抱きついた。
「晩飯の後にしてって今言ったでしょ」
「すみません、ごめんなさい」
「山本さん、もう泣きますよ俺。ホント泣きたいよ」
「泣きたいのは俺だ。ていうか涙出てる」
「いろいろしたいのはやまやまなんですけど、料理始めちゃったからな。もうちょっと待っててくださいね」
水道の水で、田中は手を洗った。俺は何故かこいつから離れられない。はっきり言って、邪魔だよなこれ。
「手離して、動けないから」
「はい、ごめんなさ…」
うわ、抱きしめられた。やっとこっち向いてくれた。相手が男でも、抱きしめられるの悪くないよね。キスされるのも、悪くない。全然悪くない。こんな俺は全然悪くない。田中の口の中は、反則技の甘さはなかった。普通の味だった。今あの反則技出されたら、俺死んだかもしれない。普通で良かった。
「山本さんね、気持ちはわかりますけど、向こうで大人しく待っててください。もうこっち来ちゃダメですから」
「え、ダメなのかよ」
「当たり前でしょうが。いつになっても鯖の味噌煮が出来上がりませんて。場合によっては集中できなくて包丁で流血沙汰かも」
そんなことになったら大変だ。俺は今度こそすごすごと戻った。胸が痛い。鼻の奥も痛い。急にLINE女の顔が目に浮かぶ。おい、別に今出て来なくていい。そういえばあいつなんて言ってたっけ。もっと自分を解放した方がいいとか言ってたっけ。
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