第18話 美味しい目
「その目さあ…」
「は?」
「舐めてみてもいい?」
何を言っているのか、俺は。他人の目を舐めてどうする。食べられるものじゃないんだぞ。
「え、目ですか。そうだなあ」
「普通の色じゃないから、味も普通じゃないのかと」
「うーん、ちょっとだけならいいですよ。白目の部分舐めてください、黒目舐められると痛いんで」
「あ、いいんだ、舐めても」
「舐めて後悔しないでくださいよ」
よくわからないOKが出てしまったので、実行に移さねばならなくなった。至近距離で金色の目を見ると、眠くなってくる。いやそんなはずはないな。それでもこの目の色で何となく腰砕けになる俺は、やっぱり終わってる。そっと舌を出して、田中の目を舐めてみた。え? 何この味。もう一度、舐めてみる。え?
「ええええええ」
「大げさですね」
田中は舐められた方の目を手でごしごしとこすった。何ですか今の味は。
「な、何で甘いの? ていうか、何の味」
「俺味ですね」
「いや冗談やめて。あり得ない味だったけど。あんた何ですか」
「何を今さら。狼男だって何度も言ったのに。信用ないな」
「も、もう一度舐めていい?」
「いいですよ」
俺ははっきり言ってがっついた。目の中なんて舐められる面積は少ないのに、右も左も何度も舐めた。そのたびに田中は黒目を動かして大変そうだった。
「…何この味」
「だから後悔しないでくださいよって言ったのに」
激しい後悔が俺を押しつぶす。舐めなきゃ良かった。この味、一生知らなくて良かった。信じられないほど、甘かった。ただの甘さじゃない。物凄くくせになる。この目の色だけでも見るのがくせになるのに、舐めてみたらドキドキするくらい甘かった。実際に俺はドキドキしていた。ドキドキが耐えられず、思わず田中に抱きついた。俺終了のお知らせが鳴った気がする。
「まだ、他の女の子と付き合いたいですか?」
「…いいえ、別に」
「うわ山本さん、凄いドキドキ言ってますね、心臓」
それ言うな。自分でも怖い。もうすぐ死ぬのかってくらい心臓の鼓動が速い。息が苦しくなってくる。凄く凄く物凄く不本意だったが、俺は自分から田中にキスをした。そうしなければ生きていけないような感じがしたからだ。あ、口の中も似たような味がする。おかしいな、さっきはハーブティーの味がしてたのに。ダメだ、くせになる、この味。
「田中さんて、美味しいですね…」
「まあね」
「その味、どっから出てくるんですか」
「人間じゃないので。うまく説明できませんね」
「ごめん、誰にも渡したくない」
田中は妙に明るい声であははと笑って俺を抱きしめた。俺は完全に終了した。これはまず間違いない。胸が苦しい。何この魔法。
「魔法なんか使ってませんよ、別に」
「心読むな」
「あ、すいません。ねえ、ベッド行きます?」
明日も仕事なのに。今日まだ月曜日なのに。俺もうこのままニートになりたい。仕事行くの嫌だ。こいつと一生こうしていたい。けど、あんまり深夜までこうしているのもどうかと思う。
「今、何時?」
「10時半くらい」
「その時刻、微妙過ぎるだろ…」
「そうですね。どうします? ベッド行きます? それとも自分の部屋に帰ります?」
考えるのが億劫でしょうがない。俺はもしかしたらこのまま社会復帰できないかもしれない。会社に行ったらエクセルの操作方法忘れてるかもしれない。四則演算間違えるかもしれない。絶対仕事にならない。
「…帰りたくない。もう好きにして。ていうか抱いて」
「おお、自分から言った。すげえ。もう俺のもの?」
「それでもいいです。もうどうでもいい。めちゃくちゃにして」
「うわあ、凄い変わりよう。まあ嬉しいですけど」
田中の新兵器は目の粘膜の味だった。この味、他の誰にも味わわせたくない。俺だけのものにしたい。でも多分、前に付き合った奴はみんな知ってるよな。俺が最後かよ。物凄く悔しい。今、俺は嫉妬している。しかも誰彼構わず。ああ、腹立たしい。何故もっと早く巡り会わなかったのか。子どもの頃から知ってれば良かったのに。タイムマシンに乗って昔に帰って、子どもだった田中を探し出したい。
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