第17話 ハーブティー

 田中おでんはセブンのおでんとは比べ物にならないほど美味かった。このおでんが毎日食べられるなら、俺の秋冬シーズンは田中に捧げてもいい。と、俺はいつも同じような反応ばかり繰り返している。いい加減違う反応出せよと思うが、本当に美味しいので仕方ない。田中が女なら、迷わずプロポーズする。残念なのは田中が男で、しかも人間ではないということだ。さっきも目はらんらんと光っていたし、尖った牙でいろんなところ噛まれて痛かったし、新兵器の爪まで出されたりした。切ってあったはずの爪が突然伸びた。その爪でいくらか引っかかれた。加減してくれたらしく、それほど痛くはなかった。田中が徐々に獣になっていく。怖い。事が終わった後に少し身体を確かめたが、ちょっとこれはどうかしらと思う場所に異様な歯形が付いていたりした。既に俺の身体は田中の所有物になっている。思いきりマーキングされてる感じだ。


「そんなに気になりますか」


 田中がおでんを食べた後の食器を下げながら、にやにや笑った。にやにやするな、スケベったらしいから。


「こんな身体じゃ、もうお父さんと一緒にお風呂に入れない」

「何言ってんですか、これからは俺と入ればいいでしょう」

「温泉にも行かれない。周りの人が見るから」

「じゃあ誰もいない深夜の貸し切り露天風呂にでも。どうですか」

「いいね、それ」

「露天風呂でヤるといい感じにのぼせ上がれますよ」

「嫌だ、それ。ヤるの前提とか」

「いいじゃないですか、減るもんじゃなし」


 そうかな。何か減るような気がするぞ。俺の大切な何かが減っていく。それは何だ。男としての何かだ。


 あれ、珍しい。田中がコーヒー以外の飲み物をいれてきた。


「会社の人からハーブティーもらったんで。飲んでみません?」


 ハーブティーか。無駄にファンシーなアイテムで、俺とは永遠に関係のないものだ。


「会社の人って、女の子?」

「そう、同僚の子。みんなに配ってたから」

「あんたの会社の女子はみんなにそんなものプレゼントしてくれるのか」

「やだなあ、またヤキモチですか」

「違う。何も焼いてない」


 あったかいハーブティーとやらは、あまりピンとこない味だった。何となく寝ぼけたような。パンチに欠ける。それとも、ハーブティーとはこういうものなのか。


「これ、何の味?」

「わかんない。何かのハーブでしょ。つまり葉っぱでしょ」

「プレゼントしてくれた子に聞かなかったの?」

「聞いたけど忘れました。ハーブとか興味ないんで」

「その子、可愛い?」

「ああ、同期の中で一番可愛いかも。前、付き合ってた」


 なんですって。今、何か聞こえましたが。


「付き合ってたの?」

「別れましたけどね」

「何で別れちゃうの。可愛い子ならもったいない。まだこうしてプレゼントまでくれるのに」

「俺だけじゃなくて、みんなに配ってたんですってば。もらいものらしいですよ」

「でも別れちゃうんだ」


 田中が俺の手にあったカップを取り上げた。まだ飲んでるのに。カップが空中を通ってテーブルに辿り着くのを見ていたら、いきなり頭抱えられてキスされた。あの、ハーブティーの味がします。


「山本さんて、ちょっと女の子っぽいですよね」


 何を言うか。れっきとした男だ。男なのに、男からキスされて平気になった俺は終わってる。


「あ、男だってことはわかってるんですけどね、そのヤキモチの焼き方が、高校生の女子っぽい」

「失敬なこと言うな」

「ごめんなさい。でも今日はよくヤキモチ焼く日ですよね」

「焼いてない」

「素直に認めればいいのに。他の人に俺を取られたくないんでしょ」

「田中さん、うぬぼれやさんですね」

「そんなことないです。山本さんが嫉妬深いだけです」


 認めない。断じて認めないぞ。俺は絶対にヤキモチなんぞ焼いてない。さっきのスーパーの美人だって、田中の会社の同僚の可愛い子だって、むしろ羨ましい。俺も美人にナンパされたいし、可愛い同僚と付き合いたい。男とヤるより女とヤりたい。という表現をすると、品が悪くて自分が嫌になるので言わない。もうこうなったら、会社の女子の誰かに好きですって告っちゃおうかな。でも、別に付き合いたい奴がいない。LINEやってないってバカにされるし。微妙に悔しい。


「…俺は女と付き合いたい」

「えっ、そんな心にもないこと言って」

「男よりも女だろう、やっぱり」

「山本さん、俺がいるから何も女の子と付き合うことないですよ。身体持ちませんよ。ちょっと冷静に考えてみてください。あ、俺絶対山本さんと別れませんから。あなたはもう俺の虜」


 さらっと気持ち悪いことを言って笑う田中は、目を金色に光らせる。そうか、別れるとこの目が見られなくなる。それはちょっと惜しい。綺麗なビー玉とかおはじきとか、そんなものを見るような気分だ。今日一日会社にいて、どの人間の目を見ても日本人色で、少しつまらないと思った。この目の色と同じ目を持つ女の子がいたら、どう感じるだろうか。…想像できない。


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