第35話 素直になった

「あいついてくれて助かった。普段はろくなこと言わない女なのに」


 俺がドアを開けて玄関に入りながらぼやくと、田中も一緒に入ってきた。多分これはかいがいしく看病してくれる流れに違いない。ありがとうございます。


「俺は面白くないですけどね、女の子が山本さんちに来るとかね。まあ非常事態だから許しますけどね」

「すみません、でも田中さんと俺と同じ会社じゃないから仕方ない」

「わかってますよ、でも思わず仕事早退してきちゃいましたよ。家族が事故に遭ったとか言っちゃったよ、どうしよう」

「えっ、そんなバレやすい嘘ついたわけ?」

「いいんです、もう。山本さんほとんど俺の家族だから。ほら、早くその血だらけの服着替えてくださいよ、もう」


 鏡をちらりと見てみたら、あまりにも血だらけの血みどろだったので、俺は鏡を二度見してしまった。ちらっと見てから次ガン見。俺、Mr. ビーンみたい。古い。


「俺、凄いな。超血みどろ。なんか今日殉職するみたい。ボスに来てもらわなきゃ」

「何ですかそれは、太陽にほえろですか」

「わかってくれてありがとうございます」

「ホントに死なれちゃ困るんで。早く着替えて。で、俺んち来てください」


 え、そっち行くの? 俺はどうでもいいスウェットを出して着替えながら、この血だらけのスーツどうしよう、と思っていた。クリーニングで落ちるのかな。


「ものすごーく心配なので。寝食共にしていただきますから。あ、いつものことか」

「どうせ俺、田中家の住人ですもんね…」

「そうです。だから早く来てください。あ、急がないでくださいね」


 どっちだよ。俺、急げばいいの? ゆっくりがいいの? どっちかにしてください。


 その後、俺は田中の部屋に移動して、会社に無事に帰宅したことを連絡した。病院には一週間後に頭のホッチキス取りに来いと言われている。そんなにさっさと治るなら、親には連絡しないでおこうと思って電話しなかった。正直なところ、お袋が飛んでくるのが嫌だった。それよりも田中と一緒にいる方が良かったからだ。怪我をした俺は、いい加減に素直に仕上がった。


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